小説 | ナノ

「シンガポールは大きな街だからな、各自物資の補給も必要だろう。十八時まで自由行動とするが原則二人一組以上で行動すること。いいな」
「ジョースターさん先生みたいだな」
「ジョセフ先生と呼んでもええぞ!先生かー、懐かしい響きじゃの」
「ジョースターさん、私たちはこの間に進路の確認をしましょう」
「おお、そうじゃな。というわけでお前ら、わしらの分の日用品も買ってきてくれ」
 ホテルのロビーでアヴドゥルとジョセフが抜け、四人になった一向はお互いに目を合わせた。買い物ならば四人でいけばいいのにわざわざ二人一組以上なんて言い方をしたのにはわけがある。
「さて、それじゃあ俺と一緒に海に落っことしたものを買いに行くか、公子?」
 早速誘ってきたのはポルナレフであるが、即ちそれは替えの下着や生理用品なんかも一緒に買いに行こうということである。さすがに男三人を店の前で待たせて下着を買う、なんてのは恥ずかしい。が、一対一なら恋人同士に見えなくもないのではないかという、せめてもの配慮であった。
「私はアンと一緒に行く」
「二人一組ってのは原則スタンド使いと、に決まってんだろー。大体索敵に関しちゃジョースターさんが一番なんだ。部屋に残ってるのが一番安全だぜ?それともなんだ、無関係の女の子をこれ以上危険な目に合わせようってか?」
「そうじゃないけど、ポルナレフとはなんか行きたくない」
「ひっでー!」
 ポルナレフがそうやっておどけた調子で言ってくるのは、妙な照れを消すための心配りだということは全員承知している。だが公子は特にポルナレフと一緒に買い物に行くのがイヤな理由があるのだ。
 そこを察知してか承太郎がそっと呟く。
「俺と行くか?公子」
「……花京院、一緒に来てくれる?」
「あ、ああ」
「じゃあまた夕飯のときね」
 顔を赤らめながら公子は花京院の腕を引いた。
(公子さん、何で僕を……?ポルナレフがあんな強引に誘ってきたのを断って、承太郎の声も聞こえないふりして)
 小走りでホテルを出て、車寄せまで来ると公子はふぅっとため息をついた。
(さすがに、好きな人に下着を買うとこ見られたくないし、私を好いてる人にも見せたくない)
 この数日の旅の中で奇妙な一方通行が出来上がっていることを、完全に把握している人間はいない。紅一点の公子を中心に関係性が出来上がるのは当然のこととして、その公子本人も気づいていない気持ちがあるのだ。
(私はポルナレフが好き。承太郎は多分私が好き。はぁー、ややこしいことになったな)
(公子さんはこういうときに必ず僕を指名して抜け出そうとする。大胆な人なのかな、やっぱり男の僕から迫ったほうがいいのかな)
 公子の認識する一方通行には、まだ花京院典明の存在が刻まれていなかった。そして花京院の中では、公子は自分に意識を向けているのだいう勘違いが産まれていた。
 誤解、すれ違いが生じるのは仕方のないことだ。しかしそれは発見次第すぐに芽を摘むべきである。それが育ち、花を咲かせ実をつけるころになってようやく食肉植物だったと気づいても遅いのだから。

 それでも命を賭した道中、互いの感情が爆発することはなかった。というよりも特に公子はそんな余裕がないといったほうが正しい。好きだなんだと自覚はしたが、それをどうこうしたいという淡い想いも一日に歩く量、流した血、心臓を打ち抜かれるような緊張が打ち消していった。
 承太郎も自分の母の生死がかかっているのだから公子と同じく余裕はない。花京院もまた過去と決別するにあたり気持ちを改めることに必死で、恋愛感情よりも恐怖を乗り越えることにしか目が向かなかった。
 だからこそ、全て終わった今……。
「ポルナレフ、フランスに帰るの?」
「何度引きとめようが、まずはシェリーの墓前に報告が先だ。そんな俺と別れるのが寂しいのかぁ〜?んん〜?」
「違う」
「ハハッ、相変わらず素直じゃねぇな、公子は。じゃあな」
(……結局、ポルナレフって私の気持ちに気づいてたのかな)
 フランス行きの飛行機が青空へと飛び立って行く。それはあっという間に小さくなり、雲間にその姿を隠してしまった。
「Attention passengers, this is the final boarding call for Cairo Airlines flight 182 to Japan.」
「さあ、日本行きの便の最終搭乗案内だ。学生達は今までの分も勉強に励むんだぞ」
「アヴドゥルさんらしいお別れの挨拶ですね」
「落ち着いたらそちらの処理にも向かう。それまで頼むぞ」
「ジョースターさん、ご自分の会社の方にも気を回してくださいね」
「じじぃはサボる口実を探してるだけだ。お袋の顔見せたらさっさとニューヨークへ送り返すぜ」
 学生組みとジョセフも飛行機へと乗り込む。激闘のエジプトの地にアヴドゥルとイギーを残し、各々の空へと飛び立って行った。

 日常生活を取り戻し数日。気候も三寒四温を越えて地面にも春が見え始めた頃である。今までの命がけの毎日を急に失い燃え尽き症候群に駆られるのではと思ったのも束の間、勉強という鬼に追われる日々に退屈を感じる暇はなかった。
 だが、あの出来事がつり橋効果のもたらす刺激だったのではないかと公子は疑い始めている。
(ポルナレフのこと、やっぱり大事な仲間だと思う。まだ好きなのかって聞かれると……うん、好き、かな)
 以前と違うのは、即答・断言できないこと。春の陽光を窓辺から浴びる写真立てを見て、公子は思った。もしかすると承太郎もそう思っているのかもしれない。最近私的に話すこともなくなったのはそのせいで、付き合うだなんだのと大騒ぎする前に沈静化したのはお互いによかったことだと公子は考えていた。
 しかし一方で、恋慕の炎が燃え尽きることのない男もいた。
「公子ー、花京院さんから電話よー」
 母に呼ばれ、電話のある階下へ向かった。
「はいもしもし……うん。……うん……うん、わかった。二時ね」
 受話器を置き、庭で洗濯物を干す母に出かけることを告げる。今から友人の家に泊まりの勉強合宿へ行くので、夕飯はいらない。帰りは明日の夕方になる、と。
「泊まりってアンタ……花京院さんって男の子じゃないの?」
「他にも人いるからへーきへーき」
 その「他にも」というのは承太郎なのだが、そこをわざわざ口にすることはなかった。
「それに、花京院はそういうのじゃないよ」
 この言葉は、本心だった。ただし、公子から見ただけの事実であるのだが。

 一人暮らしをはじめた花京院の部屋で宿題を全てやりおえ、対戦ゲームで一方的にやられるのも飽きてきた頃、公子がふと口を開く。
「そういや承太郎遅いね」
「ああ、呼んでないからね」
「は!?」
「二人きりになりたくて」
「……?何かあったの?」
「はっきり思ったのはシンガポールだったかな。公子さん、よく僕を誘って色々見て回ったじゃないか」
「あー、うん」
 床に敷かれたラグの上に座る公子の手を、花京院の手が覆った。肌が公子よりも白いけれど、そこに浮かび上がる骨や血管が男の手だと強調している。重ねれば一回り以上大きさが違う。
「久しぶりに、また二人の時間を過ごしたかった。公子さんは?公子さんはそう思わなかった?」
「……えと。ごめん、私今日承太郎も来て皆で騒ぐもんだと思ってたから言われたとおり外泊の用意したんだけど、やっぱり今日は帰る。今なら晩御飯間に合いそうだし」
「……どういうこと。公子さん、あんなに僕と一緒にいたのに、何で急に」
「それは、その……友達として、一緒にいやすかったから、だよ」
「と、もだち」
「誤解を生むような軽率な真似だったんだね、ごめん。とにかく、今日はもう帰る」
「待って!!」
 ここが大きな分岐点だったんだろう。その呼びかけに応じるように動きを止めてしまったのが悪い。一瞬立ち止まったのを見逃さなかった花京院は、そのまま二度とここから動けなくするかのように床へと公子の体を押し倒し、縫いつけるように覆いかぶさった。
「言い方が悪かった」
 思っていた以上に冷静な言葉が出てきて公子はほっとした。こんな体勢だというのに、まだ危機感を覚えなかった。
「ウソをついて僕一人しかいない部屋に宿泊させうようとしたんだ。二人でのんびりすごすだけじゃないことくらい、想像つくよね?」
「……え」
「今更僕のことが好きじゃないなんて、そんなの認めるわけないだろう。君を誘う承太郎を避けるようにして僕を選んだんだ。僕が好きだから諦めてくれという意思表示だったんだろ?」
「違う……あれは……好きな人を誘う勇気が、なかったから、逃げただけ」
「アヴドゥルさんか?ポルナレフか?いや、明確に言わないでくれ。ウソでもいいから、今だけはそれが僕なんだと言ってくれ。そうでないと、気が触れてしまいそうだ」
 公子を押さえつける手が震えているのは、力をこめているからなのではない。瞳に宿る吸い込まれそうな闇に、その言葉が脅しではない、事実を述べただけのものだということがはっきりと映っていた。


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