小説 | ナノ

 ドラッグストアの店内ソングが流れている。この手の歌は作曲者の思惑通り、どうしても耳に残ってしまう。「あーなたーのまーちのー、大森ー、やっきょーーーく」という部分にさしかかると、公子はふとそのフレーズを口ずさんでいた。完全に無意識である。
 さほど大きい声ではなかったはずだが、誰かの視線を感じてハッと口を押さえた。完全に無意識だった部分を人に見られるのは流石に恥ずかしい。慌ててそちらの方向を見ると、私服姿の空条承太郎と目が合った。
 向こうも向こうでハッとした顔をしている。彼はレッテル通りのヤンキー座りで商品を物色していたところのようで、両手にはどちらにしようか迷っているのか二つの商品を持っていた。左手に、サガミ。右手に、オカモト。そう、避妊具を、しかも大きい箱を持っているところを、がっつりと見られたのだ。
「……」
「……」
「……」
「……」
「あーなたーのまーちのー、大森ー、やっきょーーーく」
 店内ソングの間が悪い。
 承太郎はサガミを棚に戻すとオカモトを掴んでレジへ行ってしまった。公子は何も見なかったことにして探していた旅行用シャンプーの棚へ向かった。明日から登山授業と呼ばれる、いわゆる臨海学校の山版のようなものに出かけるのだ。
(しかしこのタイミングでゴムを買うとは……まさか……)

 翌日午後二時。二泊分の荷物を背負って山頂近くまで登っていた生徒達は皆目が死んでいた。特に文化部連中は足も死んでいた。
「な、なんか全然楽しくない」
「こんなときは歌でも歌おうか。えーと、えーと……うーん、皆知ってそうな歌……」
「あーなたーのまーちのー、大森ー、やっきょーーーく」
「やめて!」
「なんで」
 承太郎は不良のレッテルを周囲から貼られてはいたが本人曰く別に不良ではない。行事だって参加する。授業だって面倒でなければ参加する。先生へのヤキ入れには喜んで参加する。
「しりとりでもする?」
「じゃあ薬局」
「熊」
「孫」
「ゴム」
「やめて!」
「だからなんで!」
 そんな承太郎は先頭集団の中で歩いているようで、公子のいる最後尾からは姿は見えなかった。あれだけ長い足のペースに、しかも男子の体力についていくなどできないことなので別に構わない。むしろ顔をマトモに見れそうにないので距離があったほうがよかった。
「そういや聞いた?」
「何を」
「相模と岡元がさ……」
「やめて!」
「理不尽!」
「あ、のね。実は昨日ね……」
 一度猥談に火がつくと、登山で溜まった膝の乳酸も吹き飛ばすほどに話が盛り上がった。大箱で買ったということは頻繁に使用することがあるだの、どちらを買うか迷っていたということはまだそれらを使用した経験がない、もしくは浅いのではないかとなど。
 他人の情事の事情を下衆の勘ぐりしては騒ぐ最低のことだとはわかってはいたが、何せ楽しくてしょうがない。
「まぁ登山前日に買いに来たってことは、今夜使う気満々なんだろね」
「うっはー。誰だろなー、清水さん辺りかなぁ、カワイイし」
「公子……まぁ、うん」
「?」

 登山の目玉イベントといえば山頂からのご来光である。雲よりも高い場所から拝む朝日はさぞ美しいことだろう。しかし、朝日を見に行くわけだから当然日が昇らないうちから出発しなければならない。宿泊のロッジは山頂付近であって山頂ではない。
 こういったイベントでは夜更かしをして恋の話をするのが定番ではあったが、起床は午前三時である。といっても自由参加であるからどうしても起きなかった生徒や高所が怖い生徒はそのまま置いていかれる。
 三時十分には何組かに分かれて各々出発していた。前を見ると懐中電灯の光がゆらゆらとところどころで動いており、神秘的な雰囲気を感じる一方でホラーゲームに似た恐怖もあった。
「前見えないねー」
「あ、そうですね」
「あれ?公子じゃない?」
「主人さん?後ろのほうで見たような気が……」
 その頃公子もまた、友人の背中だと思って着いて行っていたのはまったく別人であった。頻繁に手をこちらに向けてひらひらさせるものだから友人だと思い込んで疑わなかったのだが、気がつくと周囲にあれだけいた人の姿は目の前の背中以外に誰もおらず、懐中電灯の光もまったくなくなっていた。
 高度的にちょうど雲の中にいるから視界が悪いせいだろうか、完全に集団を見失った。しかし少しずつ明るさを得て目の前の人が男子用の体操服を着ていることに気づく。そしてそれがクラス平均よりもずば抜けてでかい、空条承太郎のものだということにも同時に気づく。
「あれ。空条君?」
「道を外れたようだな」
「ウソ!戻らなきゃ!」
「そう慌てるな。ほら、見ろ。一応ここも登山道のようだ」
 承太郎の指差す先には標高を書いた小さな看板があった。確かに登山道というのは一本だけではない。だが集団とはぐれるというのは不安になる。やはり戻ったほうがよいのではないか。
「主人。お前昨日大森薬局で見ただろ」
「え!?」
「……持って来た」
 承太郎の指の間に、黒くて四角い何かが挟まっていた。
「使ってみねぇか、俺と」
「へっ」
「ここで」
「ここー!?いやいやいや……ここー!?」
「二回言うなよ」
「いやだって……ここ?」
「室内じゃ誰かがいるだろ。というより、場所以外に懸念はないのか?“俺と”することには異存なしってことでいいんだな」
「いや異存あるわ。何だって付き合ってもない人とそんなもん使うようなことしなきゃなんないの。勘弁してよ」
「それは付き合うことには異存ないってことでいいんだな」
「それは異存ないよ」
「ないのいかよ!」
「あってほしかったの?」
「いや……お前のテンションがよーわからん」
「とにかく、私野外はイヤだから。あとご来光結構楽しみにしてるから急ごう」
 公子はそう言ってやって来た道へと引き返して行った。分岐になっているところまで戻ればなんとかなるだろうか。
「あと、出来れば下山した後でもいいからちゃんと言いなおしてね」
「何が」
「告白!」
「……何か俺だけががっついて先走ってたようだな」
「男子なんてそんなもんじゃないの?よくわかんないけど」
「案外ドライだな、お前」
 用意したソレを使うのはまだ先になりそうだが、とりあえずは前進した模様。尚ご来光には間に合わなかった模様。


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