小説 | ナノ

「アイツはあの部屋の中で何一つウソを言っておらんかった。これはスタンドで調べたことだ、間違いない」
 車の後部座席で呟くようにジョセフが言った。つまり、あの男は公子のクラスメイトを襲っていない。そして、
「孫が……君に……」
「そのお話は、あとで」
 前方でハンドルを握る無関係の人物をちらりと見てそう言った。

 車を降りたのは近くの公園だった。今後移動はタクシーを拾うからと言って車を帰し、ベンチに腰をかける。
 公子としては床に伏せっているクラスメイトの容態を先に見てほしかったのだが、ジョセフのほうが平常心を保っていられないようでこちらを片付けることを優先させた。
 冷静沈着こそがジョセフ・ジョースターであるとは本人の弁であるが、こと身内となれば取り乱す。
「何があったのか、正直に話してくれないかな。それが君の心の傷を抉る事になるのだったら、少し時間を置こう。金銭で慰謝出来る問題ではないが、物理的に力になれることがあったら何でも言ってほしい」
(参ったな……それより第二の通り魔のことを話したいんだけど、これじゃあ埒が明かない)
 公子は大きく息を吸い、その後に続く言葉を一瞬言いよどんでから改めて声にした。
「空条先輩は、ひどいことはしていません」
「……すまない、あの犯人に直接スタンドをつないでアイツが見たことをわしの網膜に念写した。孫が君を乱暴に押し倒して衣服を乱していることしか見ておらんが、それは……つまり……」
「そういう意味では多少乱暴ですが、その………………ご……」
 その後に続く言葉が、例えウソだとしても、最善だと思うならば……
(言うべきだ)
 つばを飲み込み、一緒に真実も飲み込んでウソを口から出した。
「ご、合意のうえのことです」
「……しかし、犯罪者と……」
「日本の法律では未成年がそういったことをすることはグレーゾーンなんです。私も詳しくは知りませんが……彼がそういった認識を持っていたためウソ発見器に引っかからなかったとかそういうことじゃあないですか」
「……そうなのか?君はわしに気を使っているだけじゃあないか?」
「何なら私も調べますか?強引に」
「い、いや。失礼」
 このやり取りは正直賭けだった。うそを見破る相手にうそをつくというのはどう考えても勝算がない。が、冷静さを失っている相手にならばミスリードしてやることでなんとか言いくるめることができるかもしれない。
 公子が会話中に「私も調べますか?」と自分から情報を開示しようとしたことでウソではないという印象を持たせる。更に「強引に」と皮肉を付け加えることで、多少なりとも乱暴な手段で体を開かされた公子へこれ以上土足で詮索するようなマネをしづらくしたのだ。
 公子の会話における誘導テクニックが上手く働き、これ以上詮索されることはなくなった。
 その後落ち着きを取り戻したジョセフと共にクラスメイトの家に向かう。家の外壁越しにハーミットパープルで彼女の記憶を探ったところ、全く別の人物に襲われていたことが分かった。
「おそらく仲間ではない。そして彼女の足には確かに切り傷があったが鋭利な刃物で切られているようだった。彼女の高熱はスタンド覚醒の兆候のそれではない」
 そう言われて改めて傷口を見ると、確かにぱっくりと開いたようなものだ。公子は自分の足についた傷がもっとギザギザのいびつなもので切られたようだったことを思い出す。
「本当ですか!?」
「ああ。二日ほど様子を見て、それでも彼女が回復しないようなら再度連絡をくれ」
 そのジョセフの言葉通り、翌日彼女は学校に来ていた。詳しく話を聞くと、高熱は学校にいるときから出ていたそうだ。が、あと一時間でその日の授業が終わるので無理に授業を受けてから帰ることになったそうだ。
 その帰り道、不審な男に切りつけられる。その後は病院や警察に連絡を取り、適切な処置を施したということだ。
(つまり、模倣犯ってやつね。あー、心配して損したけど空回りで本当によかった)
 今度こそ、事件はすべて収束したのだと安堵した。結局自分は役にたったのかどうだかよく分からなかったし、手痛い目にもあってしまったが、そういったことは忘れてしまおう。
 陰性反応が出た検査キットを捨てて、何もかもおしまい。に、なるはずだった。少なくとも、公子の中では。

 公子のクラスメイトである元北中女テニさんを襲ったのは、スタンドとは何の関係もない変質者だったことが後に判明した。若い女性を傷つけて自分の欲求を満たそうとするタイプの危ない男だ。
 高熱でフラフラしている彼女をみかけた変質者は、今話題に上っている通り魔と手口を真似ることで自分に疑いを向けることなく歪んだ欲望を満たせるのではないかと考え、犯行に及んだと言う。
 が、自分は模倣犯であるという真実の主張は詭弁とされ、タトゥーの男のスケープゴートとなって男は塀の中へ入っていった。
 確かに真犯人は違うかもしれないが、通り魔が現れることはなくなったというのもまた事実だ。張り詰めていた街の空気はやがて安堵に包まれることだろう。
 ちなみに翌日承太郎と花京院が学校を休んでいたのは単に眠たかったからという理由だったそうだ。
「これで街には平和が戻りましたとさ、おしまい」
「じゃあないですよね。結局真犯人の目的や凶器の入手経……」
 公子の唇に花京院の細い指がそっと当てられ言葉を詰まらせる。あれ以来ジョセフと顔を合わせづらくなった公子は花京院に真相を尋ねるために人気のない場所で落ち合っていた。
「君はIDカードを僕に返したはずだ」
「……はい」
「これ以上の詮索は僕は許可しない」
「すみません」
「だが承太郎なら教えてくれるんじゃあないか?」
「……」
「意地悪だったかな。でも僕としてもなんというか……このまま終わってしまうのが忍びないというか」
「そういえば花京院先輩、最初の頃も謝罪の機会をとか言って二人きりにさせようとしてましたよね」
「やっぱりね、親友だからね、承太郎とは。というよりその態度からすると、やっぱり承太郎と関係がこじれたままなのかな」
「まあ相変わらずと言ったところです」
「んー、おかしいな。ジョースターさんから君と承太郎はいい関係だと聞いたんだが」
「!?」
「僕の目の前でね、承太郎をからかってたんだよ。かわいらしいガールフレンドじゃないかって」
(しまった……そういうことになってるんだった……あの人の頭の中では!)
「承太郎も別に否定しないし、てっきり」
「えー……あー……も、もうこれ以上話をややこしくさせたくないので先輩には全部話しておきます!だから相談に乗ってください!」
「最初からそうしてればよかったんじゃないかな」



 承太郎も別に、否定しないし



 その日の放課後のことだった。急ぎ帰って予約していた新作ゲームをプレイすると意気込むクラスの男子が、いざ教室の扉を開けたまま固まった。どうしたのだと覗き込んだほかの男子連中もピタリと動きを止め、女子連中はキャァと黄色い声を上げて顔を赤くする。
「主人」
 自分の名を呼ぶその男は、校内一の有名人、学年を超えても誰もがその存在を知る空条承太郎だった。
「付き合え」
 気だるそうに窓際にもたれかからせていた巨躯を起し、床のかばんを拾い上げる。だれからともなく道を譲るその様子は、まるで台本が決まっている舞台のようだった。
「帰るぞ」
 いつまでも返事をしない公子の腕を強引に引き、舞台袖へとはけていく。その表情から何を考えているのか盗み見ようとしたのだが、学帽をずらして顔を隠された。
 しかしその仕草は嫌悪からではない。明らかに『照れ』を含んでいた。腕を引かれながら公子は花京院が言っていた言葉を思い出す。承太郎も別に、否定しないし……。


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