小説 | ナノ

 “あの”一件から数日後。DIO討伐と後始末を終え元の生活を取り戻すべく動き始めた各々の中で、花京院だけが一人秘密を抱えたまま日本へと帰国していた。
(一体どれくらいの時間が経てば変化が現れるんだろう。調べないと)
 それからまた数日後、区立図書館で公子と花京院が鉢合わせした。花京院の異様な動揺ぶりと、彼が慌てて落とした本を拾おうと視界に入った表紙を見て公子の動きが止まる。どの本にも並ぶ妊娠・出産の文字。
「あっ」
「えっと、はい……何かごめん」
(……この表情。君は気づいていない?この本は君の体を知るために読んでいるんだということを)
「あ、あの……いや、なんでもない」
「言いかけてやめるのはずるいです。怒らないしはぐらかさないから、ちゃんと聞かせててほしいな……ね」
 そう言われて思わず顔をそらす公子を見て、先ほどの疑念は一旦取り消す。
(いや、気づいてる?)
「あ、えと。花京院くん、お医者さんでも目指してるの?」
(さて、どう答えるべきか)
 内心、彼女にあの日のことを全て話してしまいたい気持ちがあった。静かにしなければならない図書館と言う場所で、何よりも公共の場という最低限の体面を取り繕う必要がある場所で、あの日あなたの体の隅々まで見つめ、知らない場所などないどころか、手触り、味すらも知っているということを。
 驚きのあまり悲鳴を上げたくなる公子が必死にこらえる顔を想像するだけで、花京院はあの日の興奮が蘇ってくる思いだった。
「あの旅で、財団にすごくお世話になったと同時に、一体何者なんだろうと思って。調べていくうちに医療関連にぶちあたって、よく分からない言葉を勉強しようと思ったんです」
「へぇー。来年度から受験なのにもしかして余裕ある?」
「志望校の判定という数値だけで見れば、かなり余裕と言っておきます」
「うっはー。さすがというかなんというか。いいなー」
 そういう公子は勉強が捗らないようで、マンガや雑誌という誘惑のない場所で勉強しようと思いやってきたというところだ。
(いつも通りの公子さんのリアクション。気づいてない?それは、妊娠そのものか、父親の正体か。それとも、妊娠自体していない可能性だってある)
 一つ、カマをかけてみる。
「医療で思い出したけど、あれから体調にかわりはないです?怪我とか……他にも体調の変化があれば、僕にも相談してください」
「うん?全然平気。スタンドも制御出来る様になったし」
(僕が妊娠関連の本を読んでいたから驚いただけ、か?いや、何か、動揺している。)
 不思議なもので、今まで気づかれるわけには行かないと必死に思っていたはずの真実を、今度は話したくて仕方がなくなってくる。リアクションが全くないというのが物足りないのだ。
(公子さん、生理はきちんと来てますか?体温はつけてますか?ねえ、公子さん)

 図書館から帰ってきた公子は全く捗らなかった勉強用のノートが入った鞄を部屋に投げ捨て、体をベッドに投げ打つ。バサッ、ボフッという音のあと、公子の部屋は無音に包まれていた。鼻も口も枕に埋まって呼吸さえ止まり、心音だけが聞こえてくる。
(この心音は、一人分?)
 花京院のあの見透かしたような言葉に、実は公子はひどく動揺していた。
(花京院くん、私の体調の変化を見抜いてる?)
 中絶手術を受けるにはタイムリミットがある。さらに麻酔をかける場合はそのリミットは半分ほどになる。それまでに、答えを出さなくてはいけない。
(どうやって?一人で考えて?それに、お金は……?)
 時計の秒針が、形にならぬ胎児の脈動のように聞こえてきた。

 意外にも先に耐えられなくなったのは花京院の方だ。放課後靴箱に向かう廊下で公子の姿を見かけ、久々に一緒に帰ることになった道中。
「お腹、痛むんでしょ?」
「え……」
「僕ほどじゃないけど、公子さんも体に傷を作ってしまったでしょう?それとも、傷以外に、お腹に、何か……」
「あっ……ち、ちがう……」
「生死を共にした仲間に隠し事だなんて、水臭いですよ」
「……」
 観念したかのように公子は黙って唇をかんだ。二人は人気のない小さな児童公園に場所を移し、自販機で買ってきたジュースをあけてブランコに座った。
「私、妊娠してるの」
「……!」
 花京院が目を見開いたのは演技でもなんでもない。妊娠したかどうかすら定かではなかったのが今確信になった。それは世間の男たちと変わらぬリアクションだ。ただ一点違うのは、その遺伝子の半分が誰のものなのか彼女が分かっていないということ。自分だけが知っているということ。
「い、いつ頃から」
「軽蔑すると思うけどエジプトへの途中で」
「……そう、か」
「それでね、父親にそのことを言うべきかどうかでまず悩んでて」
「公子さんの父親?お母さんには相談したってこと?」
「ううん。この子の、父親」
「え……」
「この子ね、XXXXXとの間に産まれた子供なの」
「誰、だって」
「XXXXX」

 XXXXX

 そこに入るのは

 花京院でも

 典明でも、ない。

「ゴムもしてたし、破れても外れてもなかったのに……」
(そういえばあの時、血は出ていなかった。そうだ、確かに出てなかった。出ていたのなら彼女が目を覚ます前にシーツを変えるようフロントに言ったはずだ。しかしあの日のシーツは、そのままだった)

 ねぇ、名前もないお腹の中の君。
 君は一体、誰?
 君をそこに導いたのは、僕?それとも……
 XXXXX?


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