小説 | ナノ

 よりによって、クリスマス。翌日から冬休みという最高の日取りである。その最高の日取りに合コンに出かけるのだから承太郎の心中は最低だ。
(クリスマスに男漁りとはな)
 その日に最早宗教的意味合いを持っている日本人はまずいない。承太郎も公子もそうだ。だがその日が恋愛関係において特別な日であるという意識は少なくとも両者ともにあった。
 スタープラチナは公子の部屋のカレンダーに書き込まれた予定を無表情で見つめていた。

 街中を華やかに彩るのはライトアップされた建物から漏れ出る光だけでない。着飾った男女と呼び込み合戦をする飲食店のアルバイト。彼らの着ているサンタコスチュームとどこからともなく流れてくるマライアキャリーのAll I Want for Christmas Is Youの曲が、人々のクリスマスムードをかき立てる。
 フライドチキンの店にずらりと並ぶ人波を迂回すると、待ち合わせ場所の駅前につく。この小路を通れば近道であることは地元住民ならば知っていることだった。公子が確実にここを通るということを知った上で、承太郎は立ち塞がっている。
「よぉ」
「あれー、承太郎。お出かけ?」
「……なぁ」
 その問いの答えに窮し、さっさと話題を切り替えることにした。時間もあまりない。早急に本題に入る必要があった。
「俺と出かけねぇか」
「え?ごめん、今から約束があるんだ。どしたの承太郎、ふられたの?」
「まぁな……お前に、ふられたといったところか」
「うん?」
「お前がこれから合コンに行くことは知ってる。知ったうえで誘ってるんだ」
 公子は、目の前にいる幼馴染が知らない大人の男性に見えた。元々老け顔の幼馴染が高校生だということを一目で分からせるアイテムの学ランと学帽のどちらもがない状態だからだろうか。いや、映画を見に行った日はそんな印象はなかった。
「俺と来い」
 人を誘うのに命令形の言葉を使ってもムカッとこないのは、承太郎の堂々とした態度や雰囲気がそうさせるのだろうか。しかしやはり約束は約束だ。ドタキャンするわけにはいかないと言い返そうとする前に、公子の手がとられた。
 ぐい、と引っ張られ体勢を崩し、転ばないように足を前へ出す。そのままどんどん腕を持っていかれるものだから、駆け足で走り出してしまう。
「ちょ、ちょまっ……!」
 静止の言葉も聞かずにぐいぐいと引っ張る承太郎。背中しか見せていないものだから公子には彼が何を考えているのか皆目見当もつかなかった。ただ、その広い背中と高い位置にある後頭部が、やはり大人びた印象を強く残させた。
 転ばないように懸命に足を動かしながらちらりと横を向く。待ち合わせの、駅前広場。既に到着している友人がいるかもしれない。だが公子の目は誰も見つけることはなくそこを通り過ぎていった。
「承太郎、痛い!」
 その言葉と赤信号がようやく承太郎の足を止めた。駅前広場は引き返せばすぐに戻れる程度の距離だったが、公子は随分と長いこと走っていたように感じる。
「連絡しとけよ、行けなくなったって」
「なんで……。先約優先!」
(先約か。先約ってなら、お前を予約してたのは俺が先だ)
「な、なに。何か怖いよさっきから!」
 改めて今日の公子の格好を見る。白のコートにチェックのスカート、そこから伸びる足にはブーツという、ありふれた格好である。だがメイクも、ヘアセットも、あの映画のときとは気合の入りようが違う。
(俺と会うための服と、他の男に会うための服……今日のほうがキメてるってのが気にくわねぇ)
 そりゃクリスマスだから気合が入るのは当然だ。しかし、そのうえ今日の予定までその見知らぬ他校生の男に奪われるのは面白くない。というより、許せない。
(せめて、今夜は俺のために使ってもらう。来年からは俺のために見た目にこだわってもらう)
「何か言ってよ承太郎!」
「……予約をとってある。あのビルだ」
 そう言って承太郎が指差したのは、空。指と空の間にあるどこかのビルなのだろうが、その格好から察するにかなり上層階にある店と言いたいのだろう。
「何て店?」
「名前は忘れた。が、おふくろが美味いっつってたイタリアンだ」
 おふくろことホリィが幼少から食べてきたのは本場のイタリアンであることは公子も知っている。そのホリィのお墨付きなうえにビルの上のほうにある店ならばそりゃ美味いことはわかる。そしてお値段的に高校生の行く場所でないことも。
「えっと、ちょっと状況を整理したいから色々聞きたいんだけど」
「いいぜ。まあ、落ち着ける場所に行こう」
「結局店に行くつもりなんじゃん」
「公子……」
「……なに」
 名前を呼んだきり無言で見つめてくる幼馴染。エメラルドの瞳がいつもより神秘的に見える。それはイルミネーションの光を反射しているせいだと思い込み、公子はここに漂う雰囲気を振り払おうと頭を振った。
「何か、事情があるんだね?わざわざ人の約束を当日の直前に邪魔してまであの店に行かなきゃならない理由が」
「ああ」
「あとで皆にも説明するからね、いけなくなった理由」
 ため息をつきながら公子は携帯を取り出した。慣れた手つきでメッセージを打ち込んでいく。
(説明、させるぜ。彼氏が出来ましたってな)
 なんだかんだ自分に甘い公子と、それに付込む作戦が失敗ではなかったことに承太郎はほくそ笑んだ。


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