小説 | ナノ

ごめん、今日いけなくなった!お金は今度会った時に渡すから立て替えてもらいたいです!お願いしますっ!

この文面で、察しのいい友人は悟った。
(空条か)


 隣に承太郎をつれていると、不思議なことに自分もいくつか年上に見えてくる気がする。社会人と背伸びしている大学生といったところか。
「お荷物をお預かり致します」
 びしっとスーツを着こなす男性店員に上着を預け、椅子を引いてもらい、ナプキンが畳まれた席にエスコートされる。こういった店に来るのは初めてというわけではないが、もっと幼い時に親戚の結婚式に出席した程度の経験しかない。
「承太郎」
「なんだ」
「アルコール厳禁」
「分かったよ」
 先手を打たれ少し苦々しそうな顔をした。
(えーと、フォークとかって外側から使うんだっけ。あれ、それはフレンチで、でもここはイタリアンで、そもそもフォークとかまだ置いてないし、えっと……ああもう、わかんない。もういいや、承太郎のマネして食べればなんとか……なる……)
 目線を少し上げて幼馴染を見れば、上着を脱いで薄着になったことでたくましさが強調されている胸板が目に飛び込む。そこで揺れるネックレスのデザインと、水を飲み込む喉仏の上下の動きが、どうしても男ということを意識させる。
(そうか。私クリスマスに、男の子とデートしてるんだ)
 初めてのことだ。テレビや雑誌なんかがクリスマスは特別だと煽りに煽った結果、どこかこの日が夢の一日だと錯覚していた公子は急に現実に引き戻された。もちろんこのロケーションや相手に不満があるわけじゃない。逆だ。
(承太郎は私の事女の子として見てるのかな)
 それはマンガに出てくるような甘美な夢ではない。食事マナーやメイク崩れを気にしながら食事をする、緊張が支配した空間だった。
(ダメだ。承太郎も相手が私じゃサマにならないよね。気合入れてこれだもん。向こうのテーブルの女の人と比べても、私の場違いっぷりがよく分かるし)
 こうなってしまえば出てくる料理を堪能する余裕もない。運ばれてくる料理が何をどのように調理したのか、説明するウェイターの言葉も全く頭に入らない。
 やたらと大きな皿にちょこんと盛られた少量のスパゲティを食べるのにさえ、かなりの時間を要す。
「もしかして飯食ってきたのか?」
「へぁ!?い、いや、まだだよ」
「そうか。箸が進んでねぇからさ……フォークか」
「逆に承太郎はこのこじんまりとした料理でお腹一杯になるの?」
「いや、正直足りねぇ。後で吉野家でも行きてぇな」
「フフッ!よ、吉野家って……!こんだけ上等なレストラン予約して吉野家って!」
「うるせぇ」
(そっか、そんな気張らなくて大丈夫だよね。確かに承太郎って三十代くらいに見えちゃうけど、本当は私と同じ歳なんだもん。私だけが場違いとか、そんなの気にするより折角のクリスマスを楽しもう)

 結局最後に本当に吉野家に寄って帰った承太郎の手に、ビニール袋が提げられていた。
「吉野家って……!」
「まだ引っ張るのかよ」
「でもお弁当にして、家で食べるんならホリィさんに何か作ってもらえばよかったのに」
「今日いねぇぞ」
「え」
「親父のライブ見にいってる」
「相変わらずラブラブでうらやましい」
「ラブラブって言うやつ今時いるんだな」
「だってそれ以外に言い方わかんないもん!お熱いとか?」
「更に古くなったぜ」
「えー!」
 承太郎が手を上げてタクシーを止める。公子は乗車を躊躇ったが、承太郎の大きな手で押し込まれれば抵抗のしようがない。
「どちらまで」
 年配の運転手に承太郎が答えたのは、あの巨大な日本家屋、空条邸の住所だ。
「あ、じゃあ途中の交差点で降ろしてもらおうかな」
「何言ってんだ。お前も来るんだよ」
「何で!」
「俺のこと夜道に女一人下ろしてテメェだけタクで帰るような男だと思ってんのか?」
「だって交差点からならすぐじゃん、大丈夫だって」
「そういう問題じゃねぇ」
「えーと、先ほどの住所に向かったのでよろしいですか?」
「ああ」
(えー……あ、でもそうか。私の約束破らせた理由とかまだ聞いてないや。でも、合コンに行くのを引き止めて、無人の家に誘うって、つまり……)
 このままタクシーに乗っていれば夜道を一人で歩くよりも危険なことは、さすがの公子でも気がついた。


prev / next
[ back to top ]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -