小説 | ナノ

 野生動物の世界は弱肉強食こそが全て。したがって何も武器を持たない動物はどんどん狩られていくのだ。
 人間社会も同じではなかろうか。持たざる者は支配される、利用される、捨てられていく。だからこそ、武器とまではいかなくとも何か一つ持っていなくてはならない。勉強が出来るだの、運動が出来るだの、容姿がいいだの、声が素敵だの。
 そんな全てを併せ持った空条承太郎と違い、主人公子はその身に武器は一つしか持っていない。承太郎を野生の王者の獅子と例えるなら、公子はさしずめ兎といったところか。足も速くなければ牙もない兎は、勉強も出来ないし容姿も並以下といった公子そのものだった。
 けれども兎が野生動物として生き残っているのは、当然それ以外の武器があるからだ。公子とて同じこと。それは両者共に、危機察知能力に優れるという一点のみだった。
 だからこそ獅子に近付こうなんて思わなかったし、目を向けることもなかった。草食動物が百獣の王に興味を示すだなんてありえない話だ。しかしライオンが腹をすかせている時に、その兎を見つけてしまったらどうだろうか。それも、そのライオンは兎が好物だったとしたら。

「あれ」
 午後から天気が崩れ、所により雷雨となる見込みです。と、今朝のニュースでアナウンサーが教えてくれていたので傘を持って来たはずなのだが。
「ない」
「主人」
 空っぽの傘立てを見つめていたところにかけられる声。その低く腹の底に響くような声色に公子の危機察知器官が警鐘を鳴らし始めた。
(この声の主は危険だ)
 振り向くとまず目に入ったのが全開の学ランとそこからのぞくインナー。近すぎる距離に脳内警鐘は更に加速する。
「閉めるから出ろってさ」
 承太郎が近すぎて分からなかったが、後ろの方に鍵を持った先生がいる。公子の手に傘がないことを見てそのことを尋ねようとすると、
「俺が送っていく」
 間髪入れずに承太郎がそれを遮った。
「邪魔になるからとりあえず行くぞ」
 背中を押されるがままに屋根のついた渡り廊下を進んでいった。それでも、警鐘は鳴り止まない。

 思えば今日帰りがこんなに遅くなったのも先生の手伝いをしていたのが原因なのだが、それを伝言してくれたのは承太郎だった。一人でやるにはあまりにもな量に、本当は承太郎が罰として言い渡されたものを押し付けられているのではと不安に思ったがそこは何せ兎である。獅子に口答えなど出来るはずもなく、気がつけば天候も相まって空はすっかり暗くなっていた。
 完了の報告を先生にすると、頼んだ覚えはないのだがとりあえずありがとう、という曖昧な返事にやはり押し付けられたのだということを確信。だからこそこうやって二人きりで誰もいない場所に向かって歩くのは更なる面倒ごとを押し付けられるのではなかろうかと思い警鐘が派手に鳴るのだ。
「傘ねぇんだろ。雨脚が弱まるまではここで凌ごうぜ」
 つれてこられたのは特別教室の集まる、本校舎とは別の建物。ここの戸締りはいいのかと思ったら、窓から普通に侵入させられた。倉庫のようなもので警備システムもここだけはザルになっているようだ。
(さすが不良。こういう人のいないサボりスポットを熟知してるんだな)
 はてさて、このままここにいることが危険なのか、それとも強引にこの雨の中帰ってしまうことが危険なのか、公子にはそれの判別がつかなかった。しかし何かしなければ危険なことが起きる……その判断を下す前に、承太郎の方から行動に出た。
「こうやって話すの初めてだな」
「あー、うん。そーだね。クラスも違うしね」
「去年一緒だったろ」
「そうだね」(そうだっけ?)
「……忘れてたな」
「ソ、ソンナコトナイヨ!?」
「そんなに俺が嫌いか?苦手か?」
「え、なんで急に……」
「お前が俺を避けてるから、こうやって強硬手段に出るしかなくなった」
 承太郎に投げかけられた言葉から、疑問が次々と沸いて出る。避けるとはどういうことか、強硬手段とは何のことか。その問いは声になることはなく、承太郎の厚い唇が公子の問いかけと時間を止めた。
「どういう直感してんだかしんねぇが、俺のことうまいこと避けて通るのが上手いじゃねぇか。だからこうやって足止めするために色々と手を回させてもらったぜ。傘は終わったら返す」

 承太郎は獅子だ。ライオンの狩りというのはテレビの動物系番組で見るような野性味溢れるものではない。メスが、草むらにじっと潜み、場合によっては何日もかけて獲物を追う地味なものである。そうやって得た肉も、オスがやってくると明け渡さねばならない。
 承太郎もまた、獲物が手の中に転がり込んでくるように仕向けた。メスが肉を差し出すように、公子にもまた自ら体を開かせるように。

 この部屋に入ってきて、まず押し倒した。吹きすさぶ雨粒で濡れた上着をやぶるように剥ぎ取り、スカーフで手を縛り、抵抗の意思と言葉は唇で塞ぎ、涙目になりながらようやく承太郎のことを見た公子の目に映ったものは、ズボンを押し上げるそそり立ったものだった。
「一年の頃からお前のこと見てたのによ。気づかねぇどころかこっちを見ようともしねぇで……」
 その口調は相手を責め立てるものだったが、顔は笑っていた。愉悦と快楽を溶かしたような、恍惚を貪るその顔。対してそんな承太郎に見つめられる公子はこれから起こりえることを明確にイメージしてしまった恐怖の表情だった。
「そんなに俺がイヤか?他に好きな男でもいんのか?いるなら言えよ、この後潰しに行くからな」
 狂気染みた愛のような、でも公子の知る愛とは全く違う形の言葉に、返事をすることが出来なかった。何か気に障ることをいえば今よりもっとひどい目に合うかもしれない恐怖と、どうやら周囲を巻き込むつもりらしい承太郎の発言に言葉を紡げなくなっていた。
「好きだぜ。一年以上前からずっとな。ずっとだ、ずっと、こういうことをしたくてたまんなかった」
「し……らな……私、空条く……ことなん……しらな、い」
「ああ、これから色々教えてやるぜ。俺がどんだけお前のこと見てたのかとかよあとそれと……」
 前戯もなしに承太郎の太いものがあてがわれた。
「俺の形もな」


 大型の雨雲は依然関東地方に留まったままで、今夜まで雨が続く見通しです。観測記録を塗り替える雨量のため、引き続き該当地域の方は洪水警報にご注意ください。繰り返します。大型の雨雲は……


 その辺に転がっていたラジオがしつこいまでに雨に注意を促している。
「気は済んだか?雨はやまねぇ。さっきも言ったが振ってる間ここから出すつもりはねぇ。風邪ひいちゃいけないからな」
 服は脱がされていたがかわりに承太郎の肌が直接公子を暖めている。耳元に荒い息が吹きかけられてその度に身震いしそうになるのを堪え、涙で潤んだ目で承太郎に懇願する。
「空条くん、もう、終わって……痛いし、つらいよ」
 結合部からは赤と白がじわりとあふれていた。最初に強引にねじ込んでから既に三度承太郎の体液を受け止めたがまだ一度も解放されていない。
「もう抜いて……」
「雨が、止んだらな」


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