小説 | ナノ


 調理実習は時間内に片付けまで無事終わり、公子のクラスは早めの昼休み突入となった。承太郎はまだ食べたりないということで一人で購買部までパンを買いに行った。いつも承太郎と弁当を食べている花京院は何となくすることがなくなったような気がしてヒマをもてあましていた。そうなると考えてしまうのは公子のことだ。
(あれ、いない)
 公子といつも一緒にいる友人は一人でマンガを読んでいる。最初はトイレにでもいったのだろうと思っていたが、しばらくたっても戻ってこず、どうしても気になった。
(承太郎がびっくりするかもしれないけどまぁ、しょうがない)
 花京院はハイエロファントを出来るだけ細く、長く引き伸ばすと自分を中心に範囲を広げていった。
(いた!)

 駐輪場近くの自販機でオレンジジュースを買う。以前承太郎と話した場所へ腰かけ、盛大なため息をついてから公子はうずくまった。
「探しました」
 花京院の声にうつむいたまま大げさなほどに肩を震わせた。ここには自分しかいないことは最初に確認した。どう考えても自分に用事があるのだろうが今顔をあげるわけにはいかない。
(なんだろ。さっきのちらし寿司の錦糸卵が焦げてたってことかな。茶色くなったのは全部私のお皿に入れたつもりだったんだけど)
「主人さん」
「……はい」
「隣、座っていいですか?」
「……どうぞ」
 オレンジジュースの缶を挟んで花京院も座った。人に話しかけられて顔を見ようともしないのは失礼だということは十分分かっていたが今はどうしても無理だ。先ほどの自分の卵で腹を下したということにしてやり過ごすしかない。
 ジュースの缶が汗をかいてきた。コンクリートに丸いしみを作っていく。ぽた、ぽたと水滴が落ちる。
「泣いてるんですか?」
「……そうなんです」
「でしゃばった真似をしていると自分でも思いますが、どうしても気になってここまで追いかけてきてしまいました」
「わざわざすみません」
「……主人さんに言われて初めて思ったけど、クラスメイトなのに敬語って変かな」
「話しやすいほうでいいと思います」
「じゃあ主人さんも、いつもの話し方にしてくれる?僕は、君と普通の友人のように話したい」
「……うん」
 ようやく顔を上げた公子はひどい表情をしていた。ぼさぼさになった前髪よりも鼻水が出た顔よりも、悲痛な表情が花京院の胸を刺す。
「調理実習で、だよね」
「うん」
「正直、僕は主人さんは悪くないと思うよ。教科書と違う材料を急に持ってきて何の連絡もないほうがおかしい」
 返事はなかった。しばらく無言の間を置いてようやく気づいた。公子はきっとフォローしてほしいわけでも、ましてや班員の女子生徒を非難してほしいわけでもない。あれだけ見下すような発言をされても、笑顔で彼女を料理上手だとほめる公子が、そんなことを望んでいないことに早くに気づくべきだった。
「ごめん。こういうときにどう言えばいいのか分からないくせに、君を放っておけないんだ」
「ありがとう」
(主人さん……僕は最低な人間だ。放っておけないのは本当だ。ただ、君をなぐさめたいんじゃなくて、これを好機と捉えているんだ。弱っている君なら、側にいれば僕に靡いてくれるんじゃないのかって)
 涙で濡れた睫毛が降りる瞬きの一瞬に距離を詰めれば、簡単に身体を奪えるだろう。無意識にそのタイミングを見計らう自分がいやになる。それでも、
(それでもキスしたい)


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