小説 | ナノ



 放課後の帰り道、承太郎が昼休みにハイエロの触覚が校内を探っていたことについて尋ねてきた。
「なんかあったのか?」
「うん、ちょっと探し物をね」
 それ以上言及してくることはなかったので、内心安堵のため息をついた。だが同時に、相談を持ちかけたい気持ちもあった。
(でも何かこういう話題を切り出すことがすごく恥ずかしい)
 今まで友人付き合いを避けていたツケが回ってきたのだ。こんな話ができる友人が現れるなど思ってもいなかったから仕方がない。そして、こんな話の話題に上る女性というものも自分に出来るだなんて本当に思っていなかった。
(彼女はスタンドが見えない。僕のハイエロファントグリーンが見えなければ心を通わすなんて無理なことだと思っていた)
「じゃあな、花京院」
 いつの間にかお互いの家への分岐路に差し掛かっていたようだ。ハッと顔を上げて応える様に手を振る。
「また明日」
「明日は祝日だ」
「あっ……」

 午後二十三時。公子は普段は翌日に備えて寝ている時間であったが、明日が祝日ということで読書灯をつけて布団に篭っていた。開かれたページの文字を何度も繰り返し読み、頭の中でイメージを膨らませる。
「……」
 同じページを十分以上読んで本を閉じ、今度は教科書を開いた。

 世間はゴールデンウィークということで春の陽気と共に浮かれた空気が充満していた。だが空条家の門扉は重々しい雰囲気と殺意に似たそれを放出する老人が立っており、この空間を切り取っているようだった。老人とは言ったが首から下を見て誰も彼が六十九歳とは思わないであろう。側に立つ承太郎と遜色ない鍛え上げられた肉体。そう、ジョセフジョースターの来日である。
「じじぃ、いい加減駄々こねんじゃねぇよ。ガキか」
「承太郎、わしはな……」
「その切り出し方は長くなりそうだから聞きたくねぇな。親父も、じいさんは俺がめんどう見とくからさっさと病院いけ」
 黒塗りの車に乗り込んだ空条貞夫は、妻ホリィの待つ都内一の大病院へ向かった。ぎゃあぎゃあと喚くジョセフの背を押しながら家の中に戻る二人。ジョセフの来日理由は、ホリィにまたスタンドの影響の兆候が現れたためである。
 といっても以前のようにこん睡状態に陥るわけではない。慣れさえすれば十分コントロール可能なものである。ホリィのスタンドはDIO殲滅後目に見える形で現れることはなくなったのだが、帰ってきた承太郎の背後に立つスタープラチナがハッキリと見えると言った。スタンドは発現しないがスタンドが見える。そんなあやふやな状態であったため、SPW財団の医療チームのサポートと定期健診をまだ受けていた。
何度か倒れることがあったのは今まで見えなかったものが見えることへの疲労。そう聞いた承太郎や貞夫が率先して家事を手伝ってはいたのだが、力を無理にコントロールしようとしたことが祟ってとうとう一週間の入院を言い渡されたのだ。
「貞夫さんと二人っきりになれるんだからパパは来なくても大丈夫よぉ〜」
 というホリィの報告に激怒し、貞夫に八つ当たりするためにわざわざ日本へ向かったとスージーからの電話を受けた承太郎は、頭を抱えた。
「おばあちゃん、もうちょっとあのじじぃをちゃんと縛っておいてくれ」
「無理よぉ。だってアノ人ってば私達の若いころね……」
「おばあちゃん、国際電話は高いからもう切るぜ」

「なんじゃ!義理の両親がわざわざ国外から尋ねてきたというのにもてなしの一つもないのかあの小僧は!」
「つまり親父を病室から引き剥がしたいだけだろ」
「当たり前じゃ!」
「そこまでハッキリ言われると逆に気持ちいいな。だがうるさいことには変わりない。メシくらい付き合ってやるから寿司屋にでもいくか」
「人の財布をアテに高級店を指定するな!去年スージーに内緒で日本に来たからわしの口座とカード握られてるんだからな!ここまで来るのもエコノミーじゃぞ!」
 どうやら飛行機は墜落しなかったようだ。
「しゃーねーな。適当に作って食うか」
「あのネズミの便所のような狭い厨房を使うのか!」
「俺らには小さいけどお袋には適当なんだよ……ぐだぐだ文句言うなら座ってろ」
 ピシュゥッ
「俺が作る!」

(まぁ買出しからなんだがな。まさかバイクでスーパーに行くとは思わなかったぜ)
 入り口の自動ドアを頭を下げてくぐる。調理実習のときは家の冷蔵庫に全て揃っておりそこから持って行ったので、スーパーに来るのはかなり久しぶりだ。幼い頃はホリィと来た覚えはあるのだが、一人で来るのは初めてかもしれない。
(えーと何買うんだったか。そういや汁物は結局作り方知らねぇな。味噌汁とかだとじじぃがまた理不尽なキレ方するだろうし(※)粉末のコーンポタージュとかでいいかな。いや、俺がいやだな)
  (※)「日本の汁物は茶色く濁っていて飲む気がせんわー!これだからmade in japanはー!」
(……ん?)
 承太郎は何かを見つけ、歩幅を広げて距離を詰めた。長い足はあっという間に距離を縮めてしまう。
「主人」
「え!あ、え!?え!?空条くん?」
 てっきり飲食店の店員かと思っていた。学帽を脱ぐと大分印象が変わるようだ。
「家のお手伝い?」
「まぁな。しばらくお袋がいねぇんだが、じじぃが滞在するつもりらしくてな」
 おそらくホリィの退院まで居座るつもりであろう。
「昨日授業でやったアレ作ろうと思ったんだが、材料覚えてるか?」
「う、うん!えっとね……」
 公子は押していたカートの籠をがさがさ探り出した。お菓子も大量に入っていたが、生鮮食品は全てちらし寿司と鯛の潮汁の材料だった。
「お前も作るつもりだったのか?」
「うん。復習しようと思って」
 カートのハンドルを握る公子の手に力がこもる。この状況は以前の財布を拾ったときよりも大きなチャンスだ。だがよければ一緒にの一言がどうしても言えない。声にならない。
(思い出せ……あのときの惨めな思いを……!)
 調理実習の女子班員のバカにしたような顔。私の作った汁物どう?と聞く猫なで声。あのときの悔しさを思い出せば、承太郎を好きだから一緒に作りたいという思いよりも自分だって本を読めば作れるのだという怒りに似たヤル気が込みあがってくる。この勢いなら、言える!
「よかったら私の作った汁物、召し上がっていただけませんでしょうか!?」
「……お、おう」



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