十五

「……」



――そうだ、俺は、あの神様に抱かれたんだ。

 あの時の記憶が蘇ってきて、織は穴があらば入りたい気持ちだった。

 あの時――自分は明らかにおかしかった、と織は自覚している。風に逆らって廻るかざぐるまの存在を認識した、その瞬間から。一瞬、意識が飛んで――それからは、以上に人肌恋しくなって、戯という妖怪を愛おしく思えてきて、それでいて……さみしかった。愛してもらいたくてたまらない、そんなことをずっと、ずっとずっと考えていたと思う。

 絶対に、あの異常地帯のせいでおかしくなった。だって、自分は普段そんなことを一切考えていない。咲耶の念とやらのせいで、自分はおかしくなったんだ。織はそう考えているが……それでも、鈴懸にあんな風に抱かれたことを思い出すと恥ずかしくてどうしようもない。ああして人前で乱れて、これからどんなふうにして外を歩けばいいというのか。これからどんなふうにして鈴懸と話せばいいのか。



「……くそ、」



 なんで、こんなことになっているのだろう。

 なんで自分はこんな目にあわなくちゃいけないんだろう。織は、自分の奇怪な運命を呪ったが……いまいちその恨みは深まっていくことはなく。



『織――……!』



 あの時の、鈴懸に抱かれたときの記憶が、織のなかで大部分を占めてしまっていた。



「……」



 あのとき――ずっと戯に、「咲耶」と呼ばれ続けて少しさみしかった。今思い返すと、さみしいなんてなぜ思ったのかわからないけれど、あのときはすごくさみしく思っていた。自分ではなく、「咲耶」を求められているのだと。触れられて、そのぬくもりに満足はしているけれど、隙間風に吹かれるようにほんのりとさみしかった。

 だから、鈴懸に「織」と呼ばれてすごく嬉しかったのだ。あの、さみしくてさみしくて、そして痛くて辛くてたまらない、そんなときに名前を呼んでくれた。

 ただ織が不思議に思ったのは、あの一瞬だけ、鈴懸が戯から体を奪い返していたこと。それは、そのときの彼の目を見て気づいた。なぜ彼は体を奪い返してまで「織」と呼んだのだろう――それを思うと気になって気になってしょうがない。鈴懸が自分のことを好いてなんていない、織はそう感じ取っているのだから。



『鈴、か――……ッ、あぁっ……!』



――思い出すと、顔が熱くなる。自分を呼ぶ、熱を帯びた声。乱れた着物の下の、しっかりとした体。自分を映す、美しい紅い瞳。

 触れ合う、というのはああいうことなんだ。愛し合っている人たちは、ああいうことをするんだ。無意識にあのときの感覚の欠片を体のなかから探し出して、快楽を掘り出した。蘇る、体の奥を突き上げられる感覚、太い腕に抱きしめられる温もり。



「……むり、」



 織は顔を埋めて、瞳を潤ませる。

 自分が、自分じゃなくなるみたいだ。他人に近づかれるのがいやだったのに。一人でいたかったのに。それなのに……

 あの熱に、焦がれている。

 もう一度、触れられたい。
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