十六


「無事に、織さまの儀式が終わったようで良かったです」

「ふふ、そうかそうか」



 織が浴室へ去っていったあと、詠は自室に戻ってくつろいでいた。ベッドの上に座る詠の傍らには、白百合。白百合はちろりと詠の顔を覗き込みながら、くすくすと笑っている。



「本当は、寂しいのではないか?」

「……え? 何がですか?」

「あの青年の力になりたいのだろう? 自分の力が役に立たず、あの青年が違う男を頼りに自ら旅に出ていることが、寂しくはないのか?」

「べっ……別に、……織さまが良い方向へ進んでいるのです、嘆くことなんて何一つありません」



 詠が白百合の視線から逃げるようにして、目を逸らした。その仕草に、白百合はまた嗤う。わかりやすすぎる詠の嘘に、愉悦を覚えていた。

 詠の視線を追おうと、白百合が身を乗り出したときだ。ノックの音が聞こえてくる。顔を上げればそこにいたのは――鈴懸だ。



「――白百合、話がある」

「乙女の部屋に入ってくるとは……破廉恥よのお」



 詠が眉を潜めて白百合の視線の先を辿る。……誰も、いない。やはり詠には鈴懸の姿が見えていなかった。

 不安そうな顔をする詠の頭を軽く撫でると、白百合は鈴懸のもとへ行ってしまう。後をついて行きたかったが、鈴懸の姿を見ることもかなわない自分には何もできないと、詠はすぐに諦めてしまった。

 部屋の扉が閉められる。ぱたん、という音が虚しく部屋の中に響いて、詠の心の中で木霊した。
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