×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -






残酷な二進法




 テレビ局のとある一室でインタビューは行われることになった。首から下げた関係者のネームタグをキラキラとした目で見つめる健太くんは言いつけ通り学さんと手を繋いで大人しくしてくれている。

「初めまして、今回はインタビューを受けてくださってありがとうございます!」
「こんにちは、苗字名前です。こちらこそありがとうございます、突然無理なこともお願いしてしまって……」
「いえ、そんな! とってもいい子で驚きました。それでは早速インタビューに移ってもよろしいでしょうか?」

 綺麗に笑う女性の方は一児の母らしく、健太くんと同い年くらいのお子さんを育てていると照れくさそうに笑っていた。

「ええ、それじゃあ苗字さんはお仕事をされながら学校に通ってらっしゃるんですか!」
「そうなんです。といっても全然通えていなくて……学校側が協力してくださっているおかげでこうして仕事を出来ているなぁと。本当に感謝してもしきれないです。たまに学校に行った時に笑顔で受け入れてくれる友人にもありがたい気持ちでいっぱいです」
「他の生徒さん達は、同じ学校にあの苗字名前さんが通っているってことをご存知なんですか?」
「はい、特に隠しているわけじゃないので……学食とか購買とか行くの結構好きなので、よく声を掛けてもらえます」

 ちらりと横目で見た学さんからは特に何も合図がない。ストップが無いということはこの辺なら好きに話していいよという事だ。

「学校に行ける日は本当に少なくて、一週間に一日、二時間出席できたら良い方なんですけど、それでも友達に会いに行きたくて。マネージャーに無理を言って迷惑かけてばっかりです」
「あはは、学生らしい一面が見れてファンの方も大喜びでしょうね。学校では告白とかされないんですか?」
「いえ、そんな! でもありがたいことにファンレターはよく頂きます。お手紙を貰うのすごく好きなので、ちゃんと頂いたもの全て取っておいてあるんですよ。久しぶりに学校に行って机の中とかにお手紙がたくさん入ってるとすごく嬉しいです」
「ええ! とっても素敵です、これもファンの方々には嬉しい情報ですね……!」

 インタビューの時間は一時間程度を予定していた。話上手で柔らかい雰囲気のインタビュアーの女性に緊張は早いうちに解れ、予定していた一時間はあっという間に経ってしまった。学さんが腕時計をチラリと見て、申し訳なさそうに口を開く。

「すみません、そろそろ……」
「あっ、もうそんな時間……! 今日は本当にありがとうございました!」
「いえ、こちらこそありがとうございました。また次の機会があったら是非よろしくお願いします」
「はい、是非! 一時間じゃ苗字さんのことをまだまだ皆さんにお届けしきれないので!」

 少し茶目っ気を出して握り拳を作ったインタビュアーさんに釣られて笑う。

「健太くんも、いい子で待っていてくれてありがとうね」
「べ、べつに。まってただけだし……この後はどうするんだ?」
「うーん、透さんも午前で予定が終わるって言ってたから、とりあえずポアロで待ち合わせにしてるの。お昼、ついでに食べていっちゃおっか?」
「まなぶも?」
「うん、じゃあ学さんも」
「えっ!? まぁ予定は特にないけど、」

 バタバタと廊下を駆ける音に学さんの声が掻き消された。何やら叫び声や悲鳴も混じっている。部屋の隅で仕事をしていた局のスタッフさん達と一緒に首を傾げた時、外から扉が勢いよく開けられる。

「今、館内放送でこの建物に爆発物がある可能性があるって……! 避難してください!」
「なんだって? 館内放送なんて流れなかったぞ?」
「故障ですかね……」
「いえ、そんなことより避難を先にしましょう。……健太くん、手を離さないでね」

 廊下に足を踏み出して辺りを見渡す。館内放送が流れていたのは本当らしく、私たち以外に殆ど人影が見られなかった。

「名前ちゃん、健太くんは僕が抱えてようか?」
「歩けるからへいきだってば。まなぶは自分のことしんぱいしてろよ、どんくさいんだから」
「け、健太くん……」

 非常階段まで誘導してくれるスタッフさんの後ろを早足で着いていく。

「なぁ、名前」
「どうしたの?」
「……もしかしたら、これ……」

 非常階段を駆け下りていくスタッフさんや学さんの後に続き、健太くんの手を引いた時、健太くんが不安そうな顔で小さく呟いた。しかし耳を劈く轟音が辺りに響き、足元の鉄製の階段がズレたことによって、最後まで健太くんの言葉が紡がれることは無かった。

「名前ちゃん!」
「う、わ……びっくりした、何今の音……健太くん、大丈夫?」
「だ、だいじょぶ……」

 たった今起きた衝撃のせいで先に進んでいた学さんと私たちの間に一メートル程の空間ができてしまった。ここを飛ぶのは少し、いや、かなり危ない。

「……学さんはとりあえずスタッフさんについて行って、私と健太くんは他の道を探すから」
「む、無茶言わないでくれ! 他の道って……!」
「仕方ないじゃん、階段降りれなくなっちゃったんだから!」
「そ、そんな……そんなこと……」
「苗字さん、近くの扉から出て真っ直ぐ行ったところに南側の非常階段があります! 恐らく近くの階は七階ですから、そこなら非常用の管内案内図もある筈……とにかく下に向かってください!」
「分かりました。健太くん、行こう!」
「名前ちゃんっ、……気を付けて!」
「学さんも、どんくさいんだから怪我とかしないでね」

 健太くんの手を引いて一階分階段を駆け上がる。スタッフさんの言っていた通り、通り過ぎていた扉に手を掛ける。

「──開かない!?」
「さっきの音、きっと下が爆発したんだ……そのせいで建物がかたむいて、とびらが開かなくなっちゃったんだ」
「健太くん、」
「やっぱりあいつらだよ、おれが逃げたからおいかけてきたんだ。どうしよう、おれ、」
「大丈夫。……もう一階、上に行こう。開いてるかもしれない」

 カンカンカン、靴の底が鉄の階段に擦れる音が響く。二人分だけの足音と、コンクリートや鉄が軋む音。大丈夫、大丈夫。動いていれば僅かに震える手足も気にならない。


 ▽


「テレビ局に爆発物だと?」

 探偵業──と偽り、本職である警察としての仕事をしていた降谷零は部下である風見からの報告に眉根を寄せた。

「はい、恐らくテロかと。つい先程現場の三階付近に設置されていたと思われる爆弾が爆発。軽傷を追った民間人は複数いるようですが、死者は居ないそうです。しかし建物内にまだ人が取り残されているらしく……」
「他に情報は?」
「降谷さんがこの前調べていた、例の組織。あそこがどうやら関係しているようです。潜入している人間から今しがた連絡が入り、建物内に残された人間の中にターゲットを見つけたようだとの報告が、」

 風見の言葉に降谷は動きを止めた。建物内に、ターゲットの姿。つまり、そこにいるのは。

「……苗字、名前?」
「……! はい、組織が追っている子供を連れているとの報告が入っています」

 スマートフォンでネットニュースに繋ぐと、速報で入っているテレビ局爆破の記事。悪い冗談だと言ってほしかった。記されたテレビ局の名前は、今日彼女がインタビューを受けると言っていた局と同じだった。
 火の手が上がり、まだ爆発物が残されているかもしれない建物内に、あの子達が──。