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言の愛憎




 少し溶けてしまったアイスを三人でつついて、なんとか溶けきる前にカップを空にした。キャラメルチョコレートとバニラクッキー、それからココアフレーバー。つめたくて甘いアイスは存外気分を落ち着かせてくれた。黙り込んで静かになってしまった健太くんの手を学さんに受け渡す。

「それじゃあ学さん、透さんの所までお願いします」
「う、うん、任せて。……あと、さっきのこと、安室さんに……」
「うん、軽く伝えておいてくれる? ……健太くん、結局アイスしか食べれらてないし、ポアロで透さんに何かお願いしてね」
「あ、あの、名前……」
「うん?」

 学さんと繋がれていない健太くんの片手が服の裾を掴む。ぎゅうと掴んで少しだけ瞳を潤ませた健太くんは、顔を俯かせて震える声で言った。

「ごめん、おれ、やっぱり、」
「いいよ、謝らなくて。その先も言わなくていい。言ったでしょ? 今はまだ話す勇気がないなら、ゆっくり話してくれればいい≠チて。私も透さんも、せっかちじゃないから」
「……〜〜っ、」

 健太くんの瞳にじわじわと涙が溜まる。目元にハンカチを押し当ててそのまま握らせたところで学さんが「そろそろだよ」と促した。ハンカチを握ったまま私を見上げる健太くんの頭を撫でて、ビルに向かう。帰ったら透さんに話さなければならない。私一人で立ち回ろうとしたって、きっと健太くんを助けてあげられない。

 ▽

 坂井健太。半年前、学校帰りに友人と公園で遊んでいたところを最後に姿を消した。目撃者は居らず、両親は未だに懸命に行方を探している。公園には本人のものと思われるランドセルのみが残されていた。

 連続少年少女誘拐事件。十歳に満たない小さな子供を中心として、主に人身売買を目的に誘拐する事件が多発。組織はアマチュアの違法団体。しかしここ半年程で被害にあったと思われる子供は一桁じゃすまない。この事件を追っていたから情報がすぐに流れてきて助かった。
 潜入している一人からの情報では、ここ最近脱走した子供が居るらしい。組織はその子供を探して都内を駆けずり回っている。
 そして、先程届いた情報。その脱走した子供をようやく見つけたが逃げられた。手引きをしていたのは、

「苗字名前……」

 厄介なことになってしまった。学さんに連れられた健太くんの表情は固く、何かを決意する前の不安に揺れた瞳をしていた。小さな子供が事件に巻き込まれて、恐怖に瞳を揺らしている事実に歯を食いしばる。次いで吐いたため息は重い。

 ▽

 玄関を開けると、リビングの明かりは消えていた。首を傾げて寝室を覗くと、薄暗く橙のライトだけ付けられた部屋の真ん中で透さんが私に向かって人差し指を立てていた。どうやら健太くんはもう寝てしまったらしい。立ち上がった透さんが私の背を押してリビングに促す。

「おかえり」
「ただいま……今日のこと、学さんから聞いた?」
「あぁ、怪我は?」
「大丈夫。……健太くん、何か話したりしてた?」
「いや、なにも」
「そっかぁ……」

 ご飯をよそっている間に透さんがおかずを運んでくれる。今日のご飯もおいしそうだ。透さんはご飯を食べる私の向かいに座って頬杖を付いた。

「明日、健太くんどうしようか。私は午前にインタビューが一件……透さんは依頼人さんと会うんだっけ?」
「あぁ、俺も午前だけだけど、流石に連れていくわけには……ポアロで待っててもらうとか?」
「ううん、それなら学さんにお願いして連れてってもらうよ。健太くんも学さんに懐いてるみたいだし、面倒見ててもらえると思う」
「それはそれで複雑だな……」

 苦笑した透さんに思わず笑ってしまう。健太くんは学さんがおっちょこちょいで気が抜けているから懐いたんだろう、なんて本当のことを教えたらどんな顔をするのか。学さんのために黙っておいてあげよう。

「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした。……なぁ、名前」
「うん?」

 食器を運ぼうと立ち上がった私を透さんが呼び止めた。真剣な顔に思わず私も背を正す。

「今日、その追いかけてきた男達に顔見られたか?」
「多分……思いっきり目が合っちゃったし」
「健太くんだけじゃなくて、名前も危ない目に合うかもしれない。気を付けて……って言っても無理があるだろうけど、一人にはならないように」
「……うん」
「何かあったらすぐに言う事。健太くんだけじゃない、君が危ない目に遭うのだって望んでないんだから。分かった?」

 頷いた私の頭を大きな手がくしゃりと撫でた。お風呂行っておいで、と幾分か柔らかくなった声が降ってくる。
 頭を撫でてくれるこの手を取って頬にすり寄せられたならどんなに楽だろう。不安を全部拭って安心させてくれるこの手が、声が、たまらなく好きだと言えたなら。それを口に出すのは、まだほんの少しだけ勇気が足りない。

 ▽

 骨と骨のぶつかる音が冷たいコンクリートの壁にぶつかって、跳ね返って、静かに木霊する。砂埃の舞う床に項垂れて呻く声より、拳を赤く染めて肩を揺らす男の息遣いの方が大きく聞こえた。

「一度は愚か二度までも……? 本気で死にたいのか?」
「ひぐっ、ぞんな、ゆるじでくだざっ、あ゛ぁ!」
「黙って逃がしてどうすんだよ、あ? お終いだよ、全部な!」

 踵が血を流す男の頭を強く床に抑えつける。顔中血だらけになった男は涙や唾液や血がごちゃごちゃに混ざった液体が口に流れ込んできては小さくえづいた。伏せる男から興味をなくしたように、踵を床に擦りつけて汚れを落とした男は後ろに視線を遣った。

「殺せ」

 抑揚のない、静かな声が夜の暗闇に溶け込む。

「喋る口も、伝える指も、全部消えちまえば同じだろう。できれば明日、すぐに殺せ」
「……苗字名前が死んだとなると、世間様は大騒ぎだぞ。そうなったら俺らのことだって……」
「事故と無差別テロ、どっちが綺麗に跡形もなく消せるだろうな」

 息を呑む音が、ふたつ。喉の奥で笑うような声がひとつ。

「殺せ。苗字名前も、生意気な子ネズミも」