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心が貴方で埋まっている




「隙間が空いてる! 健太くん、通れたりしない?」
「ちょっとせまい……」
「だよね……よし、ちょっと待っててね」

 一度健太くんの手を離して、扉を思いっきり蹴飛ばした。僅かに動く扉にほっと息を吐き出し、続けて思い切り蹴飛ばす。なんとか人ひとり分が通れる隙間が出来たことに安堵し、建物の圧で少し歪んだ扉の隙間を潜る。

「一階上がってきたってことは、ここは八階だよね。向かいの非常階段まで走ろう。……大丈夫?」
「うん、おれは平気だけど……」
「私も大丈夫! じゃあ急ごうか、またいつ爆発するか分からないし」

  健太くんと再び手を繋いで廊下を駆ける。下から上がってくる熱気に嫌な予感がした。

「下の爆発で火が出たんだ……どうしよう、これじゃ下に逃げても火があるし、上に逃げても煙が……」
「屋上は? ないの!?」
「……わからない。ここ来るの初めてだし……とりあえず行こう、次はどこが爆発するか、」
「まって、名前、電話なってるよ」
「え? 私?」

 ポケットに突っ込んでいたスマートフォンを取り出す。ディスプレイに表示された名前に、思わず身体が震えて膝をついてしまいそうだった。

「……と、るさん」

 画面に触れた指が電話を繋げてしまう。慌てて耳に当てると、久しぶりに聞いた気がする透さんの声が聞こえてきた。

「名前……! 良かった、無事なのか!? 怪我は!?」
「わ、私も健太くんも大丈夫! でも下の階が燃えてて、上もきっと煙が……」
「今どこに居るんだ?」
「八階なの、北の非常階段が壊れちゃって……とりあえずスタッフさんに言われた通り、南側の非常階段に来たんだけど、屋上があるかもしれないと思って……」
「その建物に屋上は無い! でも爆発したら間違いなく下の階は潰れるし、とりあえず上の方に……南側なら近くの窓から隣の建物が見えないか? なるべく近くに寄って、煙を吸わないようにしておけ!」
「わ、わかった。ねえ、透さん、これ、やっぱり……」

 透さんと通話を繋げたまま南側の非常階段の扉をこじ開けた時、凄まじい轟音と熱気が来た道の奥から迫ってきた。この階にも爆弾が、なんて、考える暇もない。透さんの声が遠ざかる。炎の中に消えていくスマートフォンを振り切って、健太くんの手を掴む。私を振り向いた健太くんの瞳に、真っ赤な炎が揺らめいていた。

 ▽

 爆発音というよりは轟音といった方がしっくりとくる。あまりの大きさに音が割れている。彼女の声は聞こえない。ぶつかるような音がして、それからガツンとした鈍い音と共に通話は終わった。ニュースの一面はすぐに二度目の爆発、テレビ局は崩落寸前、周辺一帯に大規模な避難命令≠ニいう文字に変わった。

 指先が冷えきって上手く動かない。彼女は? 健太くんは? ディスプレイの中、続く記事には爆発源は八階のスタジオの可能性≠ニ綴られている。

「降谷さん、テレビ局から数百メートル離れた路地で例の組織の男を発見したそうです。一人が後をつけているそうですが……我々も現場に向かいますか?」
「……確か近いうちに組織を叩くと言ってたな。チームから応援の要請があるのか?」
「いえ、今のところは。しかしテレビ局の爆破は予想していなかったらしく……」
「それなら丁度いい、テレビ局には俺が行く。中で誰かが動いているかもしれないし、用のついでだ」
「はっ!?」

 ぎょっと目を見開く風見を無視してジャケットを羽織る。車のキーと使い物にならないスマートフォンだけを引っ掴んで課を後にした。後ろで何かを叫んでいる風見にはいつも苦労をかけてばかりだということも分かっている。
 私情を交えてしまっている。だけど、どうしても譲れないものがあった。たったひとりの少女の笑顔が消えること。何でもない相手だったら何とも思わなかったかもしれない。きっと一歩も動かなかった。別の何かの為に、多少の無垢な犠牲が必要なことを俺は知っている。何度も経験した。ここで彼女一人の為に動いてしまうことが、今までの全ての無垢な犠牲≠嘲るような行為だということも、痛いくらいに分かっていた。
 だけどそれよりもずっと、彼女は俺にとって大きな存在だった。何かのために彼女を無垢な犠牲≠フひとつにしてしまうのは耐えられない。俺の中で彼女は大切なもののひとつを大きく占めるようになっていた。俺にとって彼女は、かけがえのないものになってしまっていた。

 ▽

 炎が廊下をぐんぐんと突き抜けて迫ってくる。目が焼かれるような明るさは、太陽を直接みたときのような感覚だった。健太が思わず目を細めた瞬間、ぐい、と身体を抱かれて、目の前の隙間に押し込まれる。

「うわっ! あっつ……健太くん、怪我は!?」

 南非常階段≠ニ書かれた分厚い鉄のドアに両手をついていた名前が、健太の手を取って怪我が無いか確かめる。こじ開けていた扉に、健太の身体と自分の身体を滑り込ませ、炎が迫るギリギリの所で扉を閉めた名前は、二度目の爆発の衝撃でぐらぐらと揺れる足元に気を配りながらゆっくりと立ち上がった。

「おれより、名前、手が……!」
「うん? あぁ、軽い火傷だし大丈夫。これくらいなら跡にも残らないだろうし。それにしてもこの間から悪運が強すぎるなぁ……お祓いって効果あるのかな」
「いや、そんなこと言ってる場合じゃ……!」
「それもそうだね。とりあえずできるだけ上の階に登ってみよう、下にいて潰されるのは嫌だしね」

 階段壊れてないといいけど、と呟きながら手を引く名前にばれないように、健太は服の袖で目元を拭った。お前のせいだと怒りもしない、絶対に痛いはずなのに何も言わない。最初に声をかけた時もそうだった。突き放さないで、ずっと手を差し伸べてくれていた。

「ごめん、おれ、おれのせいだ……」
「え? どうしたの?」
「半年くらい前に、へんな男たちにつかまったんだ。つれてかれた部屋にはおれと同じくらいの子供がいっぱいいて、増えたり減ったりしてた」

 カンカンカン、と靴の底が鉄の階段と擦れる音が耳に木霊している。その中に鼻をすする音が混じったことに、名前は振り向かずとも気づいていた。

「数日のうち、たった一時間だけ、部屋の見張りがいなくなる時間があるってしってた。だからおれ、その間にひとりでにげたんだ。名前に会う二日前くらいだった。おれたちをつかまえた男たちがなにしてるかしらなけど、いい人じゃないことは分かってたし、いなくなったやつは帰ってこなかったし、おれ、家に帰りたくて」

 ぽたぽたと鉄の階段に落ちては跳ねる雫を置いて、二人は階段を登っていく。健太のしゃくりあげる声に混じって、あちこちから建物の軋む音がする。爆弾であちこちを痛めつけられた建物が悲鳴を上げていた。

「でも、名前に会う前に、あいつらがおれを探してるって知って、帰ったらお父さんとお母さんが酷いことされるかもしれないって思って、」

 名前よりも一回り小さい健太の手が、握っていた名前の手に縋るように力を込めた。

「巻き込んでごめんなさい。たすけてって言えなくてごめんなさい、」
「いいよ、謝らないで。だって私が健太くんに酷いことされたわけじゃないでしょ?」
「でも、でも、」
「私は健太くんのごめんなさいより、今一番したいことが聞きたいなぁ」

 顔を振り向かせて柔らかく笑った名前に、涙でぐしゃぐしゃになった顔を歪めた健太は叫ぶように言った。

「おかあさんとおとうさんに、会いたい……!」

 十三階。辿り着いた扉の前にはそう書かれていた。真っ赤になった健太の目元を指で撫でた名前は、涙を零しながら自分を見上げる健太にもう一度笑った。

「うん。私もね、会いたい人がいるから。絶対一緒に帰ろうね」