夏戦 | ナノ

 可愛くいえばいいわけじゃない

障子紙が光をすかして適度な明るさを運んでくれる。畳のいい匂いもするし、建物の構造もあってか自分の家より暑さを感じない。天気も晴れて最高な気分なのに、ずっと震えが止まらないのは光に透けて見える黒い影のせいだ。

「開けて」
「いっ、いいいいやです」
「開けて」
「いやだってば!!」
「開けろ」
「こわっ!開けません!!」

こんなやり取りを続けてかれこれ5分ほどが経過した。怖さによる震えも止まらないけど、いい加減疲れてきた。ひっそり休ませてほしい。
理由は私にあるんだろうけど!何も言わないで!聞かないで!問いただされるのが一番嫌だ!

「開けるだけじゃん、別に僕怒るとか怒るとか質問したいとか怒るとか言ってないし。ただ開けてって言ってるだけだし。簡単なことじゃん」
「怒るを3回言った時点でもうアウトです」

佳主馬くんは馬鹿なのか阿呆なのかお茶目なのか。
捕まったら最後いつ離してもらえるか分かったもんじゃない。OZの問題のうえに私の正体がばれた。

「そっちから開けるまでいつまででも粘るつもりでいたけど、そろそろ僕も疲れてきたから、開けてくれないなら障子外す」
「えっ」
「障子なんて普通に取り外し可能だから」
「えっいやその取り外し…そっかはめ込んであるんだっけいやでもそれだけはおやめ頂けると助かるのですが…いやいやいや本当に待とう落ち着いて!慌てないで!慎重に行こう!!」
「意味わからない。待てないから入る」

さっきの健二さんのように今の私は真っ青で絶望した顔を晒しているのだろう。
逃げる前にやっぱりちびっ子にとっておきの隠れ場所を聞いておくべきだった。密室ほど危ないものはないのに。いやでも逃げた途端ほぼ同時に立ち上がって私を追いかけてきた佳主馬くんのせいで、そんなものを聞いている時間なんてなかったわけだが。
ガタガタと目の前の障子が揺れる。別に釘を打って開かないようにしてあるとかじゃない。偶然にも部屋に置いてあった机が、扉の互い違いのところにぴったし当てはまったから嵌めてみただけだ。
障子が取り外せることを頭においてないなんて失態だ。目の前の影に馬鹿なの阿呆なの言ってる場合じゃなかった

そうこう考えているうちに目の前に濃くはっきりとした影がうつる。
これは紛れもない佳主馬くんの影だ。
夏なのに異様な寒気を感じるけど風邪でも引いたかな。げほげほ。

「や、やぁ。さっきぶりかな」
「…逃げたりなんてしたら縛る」
「冗談はやめようか佳主馬くんそんなプレイ私いらない」
「割と本気なんだけど。嫌なら大人しく答えた方が身のためだよ」

本気で縛ろうとしてるなんてそうか佳主馬くんはそんな変態だったのか。キングカズマもれっきとした男の…ってそんなわけないだろ。れっきとした男の人が縛りたいとか言うわけないだろ。確証はないけど。
ていうか私そんなSMチックなの好んでない!

仁王立ちする彼が怖くて座り込んだまま動けないが、そうだここはちょっと可愛く言ってみようじゃないか。そしたら引き下がってくれるかもしれない。少し前に機会があって読んだ女性向けファッション雑誌で見かけた男をオトす方法なるものを思い出して実践することにした。後で思えばこの状況で正常な思考は働いていなかったのだろう。

「ねぇ佳主馬くん…?お願いだから何も聞かないでほしいな?ね?」

上目遣い。しゃがんだままからの相手の服の裾を掴む。
掴むことによって見えてしまったタンクトップの下の焼けていない白い肌が見えて逆にこっちが恥ずかしいし、何より私の羞恥心がやばい。

「…………」

無言になった佳主馬くんに少しの希望を持って掴んだ裾を握る手を強める。

「…可愛く言っても許さないから。さぁ全部吐いて」

私の希望も、羞恥心も何もかも全て破壊された瞬間だった。

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