2階に姿を消した名前に飯だ、と階段下から呼ぶも、一向に物音はしなかった。

何で来ない…と思いながらも階段を上って閉まり切っていないドアを完全に開けて中に入る。

そこにはスヤスヤと寝息をたてる名前が。

思わず不満の声を漏らした。

そしてお前の分の鯖も食べるけど、と呟く。

自然と声は小声で、起こしたいのか起こしたくないのかハッキリしろ俺。

諦めて部屋へと入る。どうせこいつの部屋でも何でもない。七瀬家の、今は俺の家の部屋の一つだ。まだ荷物がぐちゃぐちゃになっている訳でもなかったので足場を気にする必要もなく名前の元へ辿り着く。

触るべきか少しだけ悩み、これも仕方ないと肩に手を置いて揺らした。
その反動で彼女のギリギリ落ちてこなかった髪の毛がさらりと落ちる。

「名前、飯、冷めるから早く起きろ」
「う…ぅん…」
「おい」
「……」

ダメだ。起きる気配が微塵もない。
こんだけ揺らしても呼びかけても叩いても起きないんじゃしょうがない。
こいつの飯は俺の腹行きだ。

潔く諦めてキッチンへと戻り椅子に腰掛け、いつもと変わらない夕飯を食べた。
途中何度も自分の席の正面の席に置いた料理を見る。
自分の食事が終わったから、それに手を伸ばそうとしてやっぱりやめた。
本日何度目かも分からない溜息を零して皿をラップし冷蔵庫に突っ込む。

夜食にでもしろ、起きたらだけど。

もう一度階段下に立って声を出そうとするけど、何だか今日は疲れた。
何よりも面倒くさいが勝って、そのまま廊下を歩いて風呂に向かう。
水に浸かる目的じゃないから水着は着ないで全裸になって、洗濯物、どうしようかと思案した。
結論、少し待とう。

手際良く体を洗って、いい感じのお湯に体を浸ける。
いつもなら1時間くらい長風呂するのに何だか落ち着けなくて、10分しないうちに湯から出た。

着替えてリビングに戻るもまだ起きていないらしく仕方なくもう一度部屋に向かう。
今度は呼ぶ事はせずに足だけ動かした。

寝返りを打ったのかさっきと位置が違った。
学校で見る貼り付いた笑みは無く、幼馴染だった頃の面影が残る幼い寝顔だった。

そっと頬を指で突く。
よほど眠りが深いのか何の反応も見せない。
変な時間に起きて明日学校に行けないなんて事があってたまるか、と今度は意地でも起こす。

「名前、起きろ、今のうちに飯食わないと太るぞ。風呂にも早く入れ、洗濯が出来ないから。それからなら寝ていいから」

ぺしぺしと頬を叩く。
それでようやく目を開けた。

「……なに」
「飯と風呂」
「…ん」

眠たい目を擦りながら立ち上がった名前にやけに素直じゃないかと正直驚いた。
俺も後ろを付いて階段を降り、率先して歩いたのに迷う事なく、まるで当たり前かのようにキッチンの椅子に腰掛けた名前に何があったと視線を向けてみた。

「もしかして、今から作ってくれるの?」

眠そうな目で首を傾げる。

「いや、レンジで温めるだけだ。鯖は軽く熱通すから」
「そっかぁ、わざわざごめん」

机に両肘を付いて顎を支えるとそのまま目を閉じて動かなくなった。
寝たのかと思ったけどどうやら違うらしく時々目を開けてこっちを見ている。

温めるだけだしそう時間はかからない。
だからすぐに料理を出して箸を差し出すと丁寧に手を合わせて口に運び出した。
よっぽどお腹が空いていたのかペロリと平らげお皿洗うね、と食器を持って立ち上がる。
「…俺がやるから風呂…!?」

そこで言葉を詰まらせた。
何故なら、水道前で名前が泣いているのに気付いたから。

「ッ、ごめん、お願い。お風呂、借りる」

そう言い残して早足で去って行く。
場所、分かるんだろうか。

それにしても、あの涙は一体、

(いつも通り、それが途端にできなくなった)
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