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「はぁぁぁ……」

路地の片隅に積まれた木箱に腰掛けていた俺の口から盛大な溜め息が溢れた。
市場を抜ける頃には食材の買い出しも終わって船へと戻ると言うサンジに、まだ用が残っているからと告げて別れた。背の高いおっさんに教えてもらった酒場も問題無く見つかったし物知りそうな顔した酒場のマスターにも会えた。

「元の世界に帰れる方法なんてそう簡単に見つかる訳はないよなぁ…」

なんとなく予想はしてたけど目星い情報は0
そもそも異世界から来た人知りませんか?なんて言われても俺だって当事者じゃなけりゃ信じられないし、コイツ頭大丈夫か?って思うのも当たり前で…、とりあえずマスターのちょっと可哀想な子を見る様な目が辛かったです。

「…やっぱりアイツをとっ捕まえるしかないな」

姿が見えない“アイツ”が俺をこの世界に放り込んだなら帰す事も出来るはず。悔しいがあの不思議な夢を見る以外に俺からアイツへ接触する方法は今の所分からない、だからアイツがまた夢の中に現れるまでは何とかこっちで生きていかなければいけないって事だ。

そういえばと思い出してポケットへ仕舞い込んでいた紙を取り出し広げるとそこには簡易な地図に赤丸のついた目印と店の名前が書いてあった。
酒場のマスターに俺は「住み込みで働ける場所はないですか?」とも聞いた。働かざる者食うべからず、不本意にもこの世界で生きていくには働いてお金を稼がなきゃいけないし雨風しのげる寝床欲しい訳です。

トリップした人は大抵その世界の主人公達と関わって生きて行くんでしょうけども申し訳ないけど平々凡々の俺には無理。
ここまで来る航海はもちろん楽しかったし一味の彼らも漫画の通りみんな凄くいい奴らで一緒に冒険したいって思いも湧いた。けど当たり前に何の力も持っていない一般人な俺はお荷物で、さらにギャルゲ補正と言う名の呪い付き。
何一つやっていける気がしないしそれに、

俺は!心穏やかに!何事もなく!無事に!帰りたい!

…だからサンジと別れる間際に紙切れを渡しておいた。

ここまで乗せてくれた事への感謝とこれから先の航海の無事を祈ってるって。
本当はちゃんと自分の口で言わなきゃいけないとは分かってるけど、いざ面と向かって別れの挨拶したら柄にもなく泣きそうだし無謀な事を口走ってしまいそうな気がした。
うん、だから…これでいいんだ。

とりあえず気持ちを切り替えて紹介されたお店の人に会いに行こう、マスターの口利きと言えば大丈夫らしいからな。

もう一度書かれた地図を確認してから紙を折り畳み、再びポケットに仕舞うと気合いを入れる様に勢いよく腰を上げる。傍らに立てかけていた日傘を手にとって路地から通りへと足を踏み出しかけたが右方向から駆けてくる男達の波に慌てて路地へと体を戻した。
バタバタと何十もの足音が遠ざかるのを待ってから顔を覗かせる、あの白服って確か…海兵?

「今日は随分と慌ただしいな」

「なんでも値の高い賞金首の海賊が街にいるらしいぞ」

「へぇ…そりゃまたとんだ命知らずな奴がいたもんだ」

「はっはっはっ!全くだ」

同じ様に道の隅へと避けていた通行人の男達の話し声を耳に俺は地図に示された通りの向こうへ路地からゆっくりと歩き出した。

賞金首の海賊と聞いて一瞬ルフィ達かと思ったけれどウソップやチョッパーが一緒なら海軍に見つかる様な真似はしないだろう、一応ナミにも釘を刺されてるんだから多分違う…はず。もう少し聞き耳を立てて確かめたかったが途中から海の上を自転車が走ってたとかよく分からない話題に変わってしまい諦めて歩くスピードを元に戻した。

まぁ海兵がたくさん居たとしても彼らは強いし逃げきれるだろう、心配しなくてもいいか。
そんな事を考えながら歩いてたせいで目の前にいた何かにぶつかった。差していた日傘がぐにゃんと曲がって急いで後ろに下がる。すみませんと傘を当ててしまった相手に声をかけて顔を見ればいかにもゴロツキって感じの人がいた。うわぁ…。

そしてよくよく顔を見れば相手はさっきの酒場で偉そうに飲んでいた客の一人だ。マスターに話を聞いている間もこっちに来て酌をしろだとか下手くそな口笛吹いて煽ってきたバ…迷惑男。自分の運の無さに舌打ちしたい気分だけれどもここは穏便に済ませて逃げようと当たり障りのない程度にもう一度謝ってはそそくさと横を通り過ぎた。


…つもりだったのに何故か男に腕を掴まれた。

「あの、離してもらえませんか」

「人にぶつかっておいて何もなしか?あぁ?」

「ぶつかったのはすいませんでした、でも先を急いでるんで…離し」

「へぇ…さっきはつれない女だと思ったがよく見りゃ可愛い顔してんじゃねーか」

人の話聞けよ!

手にしていた日傘を無理やり押しのけて顔を覗き込まれながら呟かれる言葉に不愉快だと顔をしかめてもケラケラと笑っている男を睨みつければこっちに来いと言わんばかりにいきなり細い路地裏の方へと腕を引っ張られる。男だと言っても信じて貰えた事なんて無いからこういう時は大声だと息を吸い込みかけた俺の口を男の手で塞がれた。

いやいやいや待て待て待て!!
男に絡まれた事があるけどこんな強引な奴は始めてで内心パニック。ナンパってもっとスマートなもんじゃないの?!やめて!俺男!

叫べど塞がれた口から漏れる音は声にもならず、このやろうと抗ってみても俺より体格のいい相手にどう頑張っても適うはずもなく…じりじりと後ろへ引きずり込まれていく。

俺に声をかける奴は本当に禄な奴がいない!
穏便なんて言わずに金蹴り位すれば良かったと内心悔しさを滲ませていた俺の身体が急に自由になった。

「お姉ちゃんを口説くんのに無理強いはよくねぇなぁ」

強い拘束からよろめいて地べたにぺたんと膝をついた俺の後ろからは聞き覚えのある声と痛がる男の声が聞こえた。助かったのか?と振り返ればそこには俺にアイスを奢ってくれた背の高いあの人がゴロツキの片手をひねり上げていた。
痛みに呻いていた男がおじさんに向けて口汚く罵っていたがその姿を視界に入れた途端強気な姿勢が一瞬に消える。

「な、なんで…あんたが…海軍大将がここにいんだよ?!」

驚愕している男の言葉に返さずにおじさんはめんどくさそうな顔で掴んでいた手をパッと離した。怯え切った様子の男はそのまま尻餅をついて控えていた海兵に取り押さえられてはどこかへ引っ張られていく。海兵の口から海賊とか船員とかの言葉が聞こえてあの男はゴロツキじゃなく海賊だったのかと頭の片隅で理解していたがそんな事よりも…

「海軍…大将…?」

ぽろりと溢れた俺の微かな言葉を聞き留めたおじさんが振り返る。

見上げた先の相手の姿をまじまじと眺めれば朧ろ気な漫画の記憶が少しづつ蘇ってくる。なんで会った時に気づかなかったんだ!
白スーツにアイマスクとあのだるそうな雰囲気…海軍にそんなキャラが居たのすっかり忘れていた。

自分の記憶力の乏しさに頭を打ち付けた程の後悔しまくってる俺は傍目からはショックを受けて放心してると思われたようで目の前の海軍大将殿(名前は完全に忘れた)の気遣う声と差し出された手に慌てて立ち上がり、いつの間にか地面に転がっていた日傘を拾われていて受け取った。




「色々お世話になってしまいすみません」

「ん?あぁ…まぁ気にしなさんな、海賊捕まえんのも仕事だから」

お礼を言って早々に立ち去るつもりが送ってくれると言う海軍大将殿の申し入れを断りきれずに並んで歩いているけれど隣が気になってチラチラと見ちゃう俺。
誰とフラグが立つのか全くわからないからなるべくお近づきになりたくない俺の心境なんて知らない海軍大将殿は眠たげなあくびをこぼしている。

大将なんて偉い人がなんでプラプラしてるのかそれとなく聞いてみればホントにたまたまアイス食べにきただけとか偶然って怖いよ。
確か海軍の中でもめっちゃ強い人が大将だったよな。
恐らくこれだけ海兵が街中にいるんだから彼らの耳にも届いてるだろうし、サンジも船に帰り着いて俺からみんなへの手紙も読んでもう出航するだろう。
海軍大将なんて凄い人が目の前に居て緊張したけど、俺がルフィ達と顔見知りなんて言わなきゃバレる事はないんだし問題は無い。

「あ〜…ここじゃない?来たかったお店」

隣で足を止めた相手の声と指差す方に顔を向ければ地図に書かれた名前と同じ看板の下がる店がそこにあった。

「わざわざここまで送ってくれてありがとうございました」

「どういたしまして、ふーん…中々いい感じの店じゃない。仕事頑張なさいよ」

ぽんと大きな手のひらが頭の上に置かれたかと思えばくしゃりと撫でられる。
なんだか気恥ずかしくて小さな声ではいと返事をすればフッと笑みを浮かべた相手は踵を返し来た道を引き返して行く。

主人公達と敵対する海軍だから少しばかり怖いイメージがあったけれど結構いい人で良かった。なによりフラグの立つ気配も無かったし!

後ろ姿がきえるまで見送ってからようやく安堵の息をつき、カントリー調のウエスタン風のドアに手をかけてお店へ入ろうとした間際、誰かに呼ばれた様な気がした。

ん?

空耳かと辺りへ視線を向けかけて端の方から物凄い勢いで何かが走ってこちらに迫る。

「ナナシーー!!!どこだーー!!!」

なんだなんだと通行人達の好奇の視線を一心に浴びながらけたたましい呼び声と共に見えたのは麦わら帽子を被った、

「ルフィ?!」

「あああ!!!見つけたぞナナシ!!!」

砂煙と共に表れた彼が目の前に飛び込んで来る。
突然の主人公の登場に考えていた事が全て吹き飛んでしまった。

「なんでここにいるんだよ!」

あんぐりと開いていた口を何とか動かして言葉をぶつける。

「ナナシが遅いから迎えに来てやたんだ!」

「はぁ?!俺はここで降りるって手紙に…」

「俺はナナシともっと冒険してぇ!だから一緒に行こう!」

「ちょっと待って!俺は一般人、」

漫画の中と全く変わらないマイペース発言とこんな事になるとは微塵も予想して無かった。だってまさか引き止められるなんて考えてもいなかったから、なんて言い返せばいいんだとごちゃごちゃ考え始めて言葉を言いかけたがひんやりとした空気が肌に触れて息を飲みまさかと後ろを振り返った。


「おれはてっきり偽情報かと思ってたんだか、まさかホントにモンキー・D・ルフィが居たとはねぇ…」


サァーと自分の顔から血の気が引いていくの感じながら面白がる様なけれども面倒くさ気な口調で見送ったはずの海軍大将殿が俺たち見下ろす様に背後に佇んでいた。



偶然って素敵ですね
(笑えないこの展開!)



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