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いつもよりも早い鼓動がやけに大きく耳奥に響いていた。

ありがた迷惑な善意で異世界に飛ばされたり、一歩間違えば貞操の危機なんて笑えない呪いまでかけられた俺は絶対その辺の人よりもぶっちぎりで運が悪いんだとここ数日ひっそり嘆いていた。
けれど悪い時って言うのはとことん悪いのだと痛感させられる。

海軍の大将(名前不明)と海賊王(予定)の海賊が俺を挟む様にして鉢合わせるとかなんなの?神様は俺に恨みでもあるんですか?

「あぁ!!何でここにいんだお前!」

気づいたルフィの大声にびっくりして後ろへと振り返れば警戒心をありありと滲ませた表情でビシッと指を差し向けていた。海軍大将なんて凄い肩書きを持つ人に対しても臆さないルフィは漫画通り凄くカッコイイけれど、なんでだろう…今ものすごくウソップの気持ちがよく分かる…。
恐る恐る伺う様に前へ顔を戻すとそんなルフィの態度を気にする様子も無く、気怠げな動きでポリポリ頭を掻いていたかと思えばこれまた気怠げに口を開いて。

「何でってそりゃあ…あれだよあれ、えーと…あー…散歩だな」

「散歩か!じゃあいい!」

「(いいのかよ!)」

少年漫画らしくバトル展開突入か?!とハラハラしてた俺を残して気の抜けそうな会話を交わす二人に頭が痛くなる。
俺との諸々の諸事情を説明するのが面倒になったのかなんなのか、グダグダなまま散歩で片付けた海軍大将に端折り過ぎだ!と突っ込みたいし背後であっさり納得し恐らく呆気からんとした彼に戻っただろうルフィへも一発殴りたい衝動に駆られたが、非常事態だからとそこはグッと我慢した。

「なぁなぁナナシ〜!おれ達と一緒に冒険しようぜ冒険〜!」

「立ってんの疲れたし座るかな」

俺に意識が移ったらしいルフィは再び冒険しようと誘いだし、海軍大将も疲れたとかぼやいては往来の道にも構わず勝手に座って…って自由過ぎるだろ!
いろんな意味で震えそうになる拳にハッと気づいて心を落ち着ける様に深呼吸。冷静になれ、この二人のペースに飲まれちゃダメだ。

座り込んでから何かをしてくる訳でも無い相手をとりあえず放置し先に騒ぐルフィを説得しなければと判断、一緒に行く行かないの押し問答を繰り返していた俺達を静かに眺めていたと思った相手からそれは突然だった。



「ところで…アンタはモンキー・D・ルフィとどういう関係?」


投げかけられた問いに動きが止まる。

顔を向けると顎に手を置き、世間話の一つみたいな口調ではあるものの茶化す様な呼び方が消えたその目はしっかりと俺を見据えている事に少しづつ落ち着いていた鼓動が緊張に一瞬ドクリと跳ねた。

海軍に目を付けられているルフィと麦わらの一味じゃない見慣れない顔の人間が親しげに話をしていればその素性や関係を尋ねるのは至極当然であって、俺が言うべき答えも簡単なはずだった。

ルフィとは関係ないと言えばいい。

遭難していたのを助けてもらってその次の島であったこの街まで海賊船に乗せてもらっただけだから関係ないと…仲間…じゃないと。

答えなきゃと訴える思考とは裏腹にまるで縫い付けられてしまったかの様に唇が動かなくなって、たった一言なのに紡ぎ出す事を心が躊躇していた。
この島で帰る方法を探しながら生きていくなら海軍に目を付けられ無い為にもルフィには悪いがそう言うしかない…でも俺は…。

どうしたらいいのか分からず向けられる視線から逃げる様に顔を逸らせば傍に立っているルフィの赤い服が視界の端に映る。
その姿を辿る様に振り返れば最悪なこの状況にも関わらず自分勝手で卑怯な事を考えてるとも気づきもしないルフィはいつも通りの様子で其処に居て、どうしてか彼らとの騒がしくも充実した日々ばかりが頭の中で呼び起こされる。

僅かな時間ではあったけれどルフィや彼らは異世界人と言い出す得体の知れない俺へあんなにも優してくれたのにどうして俺は、

「…ごめんルフィ」とあれほど躊躇っていたはずの唇からするりと落ちた一言を「何がだ??」と拾ってくれたルフィに小さく笑う。




「とりあえずあんたも一緒に連れてけばいいか」

黙り込んでしまっていた俺に待ちくたびれたのかぼそりとこぼされた呟きと共に重い腰を上げてはのんびりとした動きでパタパタと砂埃を払っている姿に再び顔が青ざめる。

「ホントはおれ休暇のはずなんだけど…なんだ…まぁ、いいか」

やる気もなさ気に愚痴をこぼしてはいるものの、しかっりとルフィを見ている海軍大将にもしかしたら…と考えて悠長にしていた事を後悔する。俺の答えがどうであれ海軍がみすみす賞金首であるルフィを見逃してくれるはずがない。

そして石畳の道向こうからも白い波が押し寄せてきている事にもようやく気付く。
海兵だけならルフィ一人でもなんとかなるだろうけれど、俺達の前へラスボスみたいに佇んでいるのは海軍大将。
どれ位強いのかは全く覚えてないし分からないけれど肩書き通りなら多分厄介だ。刻一刻と集まり始めている海兵達の足音が少しづつ、けれど着実にここへとやってきていて数が増えればそれだけ不利になるのも明らかだった。

…もう時間が無い。

コツりと一歩前へ踏み出された海軍大将の白い革靴の音を合図にぐるりと俺は背後のルフィへと振り返る。

「ルフィ…!先にごめんって謝っておくな。それとここまで船に乗せてくれて本当に感謝してる、ルフィ達に出会えて良かったし短い間だったけど一緒に航海出来て楽しかった…ありがとう。でも俺にはここでやらなきゃいけない事があるから…」

手に持っている日傘を両手で持ち直しては再びドキドキと緊張で速る音を耳に残し、一分一秒も惜しいと半ば捲くし立てる様に早口で言いたいことを伝える。けれど聞き取れていないらしく「さっきから何言ってんだナナシ」と返すルフィに俺は構わず、日傘の柄を強く握しめ横へと大きく振りかぶりルフィの横腹を狙って。

「さよならっ!!」

力の限りフルスイングした。

「うわぁあああああああ!!」

感動もへったくれもない最後の別れの言葉はルフィの悲鳴と重なってほとんど聞こえなかったが俺はやりきったと確信する。
ルフィのゴムの体なら超合金で出来たこの傘で殴り飛ばせば遠くへ飛ばせるんじゃないかと思った。ゴムボールでも無いしうまくいく自信は全然無かったけれどなんとか遠くまで飛んで行ってくれたみたいで耳をそば立てるとドンガラガッシャーンっと派手に物を壊した様な音が結構遠くの方で聞こえた気がした。
うん、ホントごめんなルフィ…とりあえす合掌。

「あらら、何をおっぱじめるかと思えば中々アグレッシブなことするじゃない」

真後ろからの声に頭上を振り上げば片手を目の上に翳して「あー結構飛んだなーありゃ」と呟き遠くを見渡す海軍大将へ俺はどうだと言わんばかりの笑顔を見せつけてやる。

「それで残ってる君はどうすんの」

もちろん戦う力なんてないし足の長さも違い過ぎて逃げきれる自信もない。
俺に出来るのはルフィを逃がして少しでも時間稼ぎする事だけだ。

「…こうすんだ、よっ」

お前なんか眼中に無いと言わんばかりの隙だらけの相手の体へ俺は勢いよく抱きついてやった。

流石にこれは予想していなかったのか俺の突飛な行動に目を瞬かせ、何してんのと言いたげな顔で見下ろされるが無視して、でかい体へ回した腕の力を強くする。俺だって好きでやってんじゃねーよ!ちくしょー

本当は「ここは任せてお前は先に行けっ」と映画ばりにかっこよく両手を広げて立ちはだかって見たかった。けれどどう考えたって殴り飛ばされるか蹴り飛ばされるしかないのは分かりきっていて、仕方ないからこうして相手の身体を拘束するようにすれば見た目通りのお荷物程度になって無闇やたらと武器とか向けられないんじゃないかと頭を捻って考えた作戦だった。


「大胆なのは嫌いじゃないけど、俺も仕事しなきゃいけないからさぁ」


面食らって動きを止めていた相手も俺がこれ以上何も出来な、…何もしないと気付くと「悪いね」と言うや、だらりと下げていた手を持ち上げて。
拘束するなら一緒に腕も巻き込んで抱きつくべきだったと気づいても遅く、腹を括って固めた覚悟もどっかに行ってしまい緩みそうになる指先に慌てて力を入れ直し身構えた。

けれど俺の予想に反して体に触れたのは固い拳でも冷たいナイフでもなく、俺を覆う様にして回される男らしい太い腕。

…は?

自分から抱きついたとは言え同じ男に抱き返されたって嬉しい筈もなく、混乱している俺を余所に耳元で何かを呟いてきた海軍大将。気色悪いこと言ったらタダじゃおかな…え?アイスなんたら?


「………」

「………」

脳裏に過ぎるのは昼頃に食べたソフトクリームアイスって…違うだろ。
そして何故か俺の顔を見下ろして来たと思えばもう一度なんたらタイムとかを言われぎゅっと抱きしめられる。これ俺が抱き着いている意味ありますか?

「……」

「……」

道のど真ん中で堂々と抱きしめ合ってるこの状況も幻覚でなんだかヒソヒソした声が周りから聞こえる様な気がするのもきっと全て幻聴だと言い聞かせて耐える俺。

これはルフィが船へ辿り着けるまでの時間稼ぎ!心が磨り減ってしまいそうでも重要な任務!と念じながら現状維持をする俺の顔は間違いなくげんなり、と言うより言葉通りにげっそりしてる事だろう。もう就航したかなとか遠い目で考えていたのを今度はいきなり両肩を強い力で掴まれて引き剥がされる。

頭の天辺から足の爪先までを確かめる様にガン見され、もうなにがしたいんだよ!と言ってやるつもりで顔を上げたが俺の文句はぶつける事も出来ずごくりと飲み込んでしまった。

だってまるで、ありえないものを見てしまったかのようなそんな表情を目の前の男が浮かべていたのだから。


「え」

「え」




装飾を拒んだ僕らの真実
(世界の定義はどこにある)



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