君と春の雨に | ナノ

変わってしまうその前に



夏晴れの日差しが格子戸の隙間から入る緩やかな午後、取り終えた山菜を一つ一つを仕分けていれば布団にゴロンと横になった姿で立てた肘の上に頭を乗せた藤次郎が突然呟いた。

「最初見た時から何かに似てる気がしてたんだよな…」

そう言って身体を起こした藤次郎が、やや離れた位置に座っていた俺に近づいて来たと思うといきなり手が伸びてきた。
突然の事にびっくりした俺はビクリと体を揺らし首を竦め、警戒する様に後ろに後ずさると喉を震わして笑う声にぱっと顔を上げた。

「…そういう反応はまんま猫だな」

「な?!、人で遊んでんじゃねぇよ!」

からかわれた挙句猫呼ばわりされて羞恥から前のめりに身を乗り出せば大きな手の平が頭を掴むとワシャワシャと撫でられてしまう。
馬鹿にしやがって…コイツっ。
そりゃあ、俺だって最近自分が獣じみた習性してる気はしてた…多分サバイバル生活してるせいだと思うけど俺はれっきとした人間だ。
しかし身体が縮むは色が変わるは耳や鼻が良くなる超常現象を体験した身としては、はっきり言う自信がちょっと…無い。俺人間だよな?


思いっきり手を払いのけてやろうと片手を上げるものの、予想以上に撫でられる感覚が気持ち良くなかなか腕が動かない。

「柔らかい髪してんじゃねぇか…触り心地は上々だな」

そんな事を褒められても嬉しくないがもう少し位撫でさせてやってもいいかなと思った矢先藤次郎の指先がするりと首の裏を撫でた。ヒクリと反応した身体は急に力が抜けて、無意識に相手の手の平に頭を擦り寄せた。
ねだるみたいに首を動かすと強い視線を感じていつの間にか閉じていた目を開いたら凝視する藤次郎の視線とかちあった。

どうしたのかと数回瞬きしたのも束の間自分のやらかした失態に気付いて、飛び上がる様に後ろへ逃げたが見られた恥ずかしさにボンッと音をたてるかのように頬が熱くなる。
面白い物を見たとばかりに。にやりと笑み浮かべる藤次郎の表情に言い訳する言葉も見つからないまま、いたたまれなさから視線が泳ぐ。


「Hm…可愛がって欲しいのか名前?」

「んな訳あるか!ざけんな!!!」

完全に逆ギレだけれど構う事無く俺は藤次郎に向けてブンッと勢い良く拳を振り上げるも簡単にかわされる。もう一度拳を握りしめるが先に藤次郎はヒラヒラと両手を上げた。

「sorry…怪我人なんだ、暴力は勘弁してくれ」

怪我人と主張されてしまえばここは俺が退くしかない。ぐっと悔しさを堪え元の位置へと座り直すと放ったままになっている山菜の仕分けに戻る。

「お前なんか助けるんじゃなかった…」

「…退屈しなくていいだろ?」

「全然」

ブツブツ零す俺に構う事無くその後もからかって来る藤次郎のせいで全く作業が進まない。時折、俺の顔を見て思いだし笑いをするこの男に怪我人でも1発位なら許されるんじゃないかと思って何度か拳が震えたけれどグッと我慢した。
あぁ、むかつく。




いつのまにか静かになった部屋に眠ってしまったのかと顔を上げると俺に構うのに飽きたのか疲れたのか、胡座をかいて格子窓から覗く空を見つめて藤次郎がボソリと呟いた。

「明日は雨かもな…」

同じ様に俺も顔を窓に向ければ、空は変わらず青いままほんの微かに雨の匂いを感じてそうかもしれないなと胸の内でうなづいた。

空を見ているのかそれとも何か深く考えているのか藤次郎の横顔はとても静かだ。

ほんの気まぐれに助けてから数日経った。
最近では夜に熱が出る事もないし痛みを耐えてる姿も見ない。怪我人だと言ってはいるけれどもう傷は殆ど癒えている。
きっと俺が口にすれば藤次郎はすぐにここを出ていくだろう。
面倒事は嫌いだし一人で暮らす方が気兼ねしなくて楽だ。

それでも何故だか言葉に出来ない俺がいた。



変わってしまうその前に
(終わりを願う)



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