君と春の雨に | ナノ

垣間見えた心の片鱗



俺が笑ってる。
楽しそうに笑ってる。
俺を囲んで家族が一緒に笑ってる。
幸せそうに、笑ってる。

でも、今は誰もいない。
今?…違う、そうじゃない
誰も俺を見ない、気付かない。

だって最初から






だから。




寝苦しさに目が覚め飛び起きた。汗で着物が体に張り付いていて気持ちが悪い…きっと嫌な夢をみたからだ。
何を見ていたのかもう思い出せなかったし、思い出したくもなかった。

体を起こし水を飲もうと立ち上がるが荒い息遣いが耳に届いて水瓶に向けた足を別の方に向ける。
外傷は特に無かった。
けれど、肋骨を痛めたのか他の所を痛めていたのか藤次郎は夜になると熱を出す。
そっと近付き額に手を宛てればじんわりと高い体温が伝わってくる。
俺は医者じゃ無いからろくな手当ては出来ない。医者を呼ぼうと何度か言っても藤次郎は首を縦に振らなかった。
どうしてと聞けば、「信用出来ない」からと。
そんな事言ってる間に悪化したらどうするんだと反論したかったが有無を言わせない真剣な表情を見せられたら俺はもう言い返せなかった。


水桶に入った手ぬぐいを絞って畳むと額に乗せてみる。薬も何も無いから気休め程度にしかならなくてもあった方が楽だろう。
汗で張り付いた前髪を払ってやると、うっすらと目が開く。

「…大丈夫?」

俺の小さな問い掛けに、藤次郎は声を出さずに口元を僅かに歪めて微笑む。
彼らしい返事に答えるように、何度か頭を撫でれば俺の目をジッと見つめる瞳はゆっくりと閉じた。
何もしてやれない事がとても歯がゆくて、せめて早く良くなれと願うように藤次郎の頭を何度か撫でていた。




「名前はどうして、里に降りないんだ?」

少し遅い朝食を向かい合って食べていたらそんな声が飛んできた。
山菜のお浸しに伸びた俺の箸がピタリと止まる。
歳はいくつかと聞かれた時、十八と答えれば酷く驚いていたのはこの前だ。俺だって藤次郎が俺と同い年位だと言われてびっくりした。
俺は幼いというか頼りなさげとか色々と失礼な事を言われたが藤次郎曰く、厳しい山の中で俺みたいな奴が一人で住んでるなんて思いもしなかったらしい。

きっと里に降りたほうが楽なのは確かだ。
でも何故か俺は里を見つけてもそこで暮らす気が起きなかった、と言うよりもその考えすら持っていなかった事に問われた俺は始めて気づいた。
それでもやっぱり里に行く事は無い。だって俺は…

「どうした名前?…具合でも悪いのか?」

箸を持ったままぼんやりしてた俺は藤次郎の声にハッと顔を上げ大丈夫と頭を横に振る。
まだ頭が寝ぼけていたのか何か言おうとしていたはずだったのに忘れてしまった。
藤次郎の訝る表情に急いで言葉を繋げる。

「えっ…と、あんまり人混みが好きじゃないし、一人の方が気楽に好き勝手暮らせるから…かな?あ、あと俺の目の色って変だろ?不気味で気味悪いみたいだからさ、極力行かない様にしてんだよ」

ペラペラといらない事まで言ってしまったと吐き出してから気付き、すぐに努めて明るい声で笑って見せたが藤次郎の眉間にしわが寄る。

ここの生活に慣れ始めた頃に里への道を見つけて俺は里へ行ってみた。物珍しさにいろんな店を覗いたりしていた俺の姿を見ていた人達が何故か遠巻きに囁きあっていった。
普通なら聞こえなかったはずだけれど耳の良くなった俺には離れていた距離でもその声がはっきりと分かり、どうやら俺の目は光に当たるとクルクルと色が動くとか何とかでそんな目の奴は見た事無い、不気味だと。

川の水面では金色にしか見えていなかった俺は始めて知った事をそうなのか受け止めた。
黒い髪に金色の目はどこかちぐはぐしていて自分でもしっくりとはこなかったし、仕方ないと思った。

だから藤次郎が言われた訳でもないのに俺よりも怒ってるみたいな姿に首を傾げた。
俺は気にしてないと告げれば更に顔が険しくなる。
何か気に障ったのかと聞き返す前に藤次郎は吐き捨てた。

「上っ面だけで決めつける奴らなんて、クソくらいだッ…」

その言葉にハッと息を呑む。そうか、俺は馬鹿だ。
俺の態度が気に入らなくて怒っているのかと思っていたけどそうじゃない、藤次郎も同じっだったのかもしれない。

そう思えた瞬間、無意識に俺は隠された片目を見つめる。
右目に宛がわれた鍔の眼帯の下に藤次郎は隠してるのかもしれない。「藤次郎は…」と無意識に口を開いた俺に藤次郎はスっと顔を背けた。
重い沈黙が静かに流れ俺は二の句を紡ぐ事も出来ず口を閉じた。

明らかな拒絶
触れられたくない過去


「痛くない?」

ぽつりと出た言葉に藤次郎はいつもと変わらない片方の口角を上げた笑みを見せた。

「もう、痛くねぇーよ…」

答えてくれたのは身体の傷かそれとも心の傷なのか、
俺には分からない



垣間見えた心の片鱗
(いつか触れる事出来るかな)



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