食事が終わった後、そのまま家まで弘樹さんの運転する車で送ってもらった。医者といえば外車のイメージが強いが、立木家のものは普通の家庭でも人気の車種だ。弘樹さんがあまり車にこだわりを持っていないのもあるけど、こういうとこが個人的に好ましくてとても素敵だと思う。うちのキャバクラにくる医者のお客は、皆揃いも揃って海外ブランドの車を乗り回して自慢ばかりしているので少しは見習って欲しい。

「今日は本当にありがとう。助かったよ」

「いいえ、とんでもないです。ご飯ご馳走様でした!」

「名前ちゃん、気をつけてね」

「またあとでライン送るね!」

「わかった。おやすみなさい」

私だけマンションの前に下ろしてもらい、そのまま3人は自分たちの家へと帰っていった。
1人になると冷静になり、今更ながら頼まれた内容に不安を感じ始めた。
本当に相手は美香の顔を知らないのだろうか…。そこだけもっと強く確認すればよかった。
お見合いを承諾し、日程を聞けば実は2週間後だと言われ割と時間がない。
トラファルガーさんは多忙らしく、仕事終わりに夜のご飯を一緒に食べることになっている。

「ただいまー」

誰からも返事はないけど、言うと帰ってきた実感がするのは一人暮らしあるあるだと思う。
靴を脱ぎ冷蔵庫に貼ってるシフトを見れば、その日は昼も夜も仕事のマーク。まあでもキャバクラの方は融通が利くので夜だけならいけるか。
スマホの予定欄に“お見合い”と入力すると変な気持ちになり苦笑した。これから先お見合いが予定になることなど一生ないだろう。そう思うと人生経験としてはちょっと楽しみかも。

「外科医の遊び人ってどんなんだろ…」

外科医のおっさんなら得意なんだけどなぁ。でも相手は女癖が悪いらしいので女の扱い方は心得てるはず。なんとかなるか。
しかもてっきりお互いの両親も同席すると思っていたが、いい歳の男女なのでもう任せっきりらしい。振袖を着るかもしれないとちょっと不安だったので、そこまでかしこまった様子ではないことに一安心。

ガチャッとクローゼットを開く。
中には夜用のドレスが吊るしてあるのだが、どれも露出多めで煌びやかなデザインなのでディナーには無理だ。そういやさっき美香からラインきてたし、ちょうど新しい服も欲しかったところだし、買い物に付き合ってもらうかなとスマホを手に取った。


後日、美香と駅前で合流し事前に目星をつけていたブランドのあるショッピングビルへと向かう。

「名前ごめんね?遊び人の相手頼んじゃって」

しばらくすると申し訳なさそうに美香に謝られた。

「本当にね。元カレの傷を癒すために勧められた相手とは考えられないわね〜!」

「うっ…でも、だって本当にスペックはいいからさあ…会うだけどうかなって。それに相手の写真をちらっと見せてもらったんだけど、顔は好きそう。あんたも顔が綺麗だし、なんか勝手に脳内で隣に立つ姿がしっくりしちゃったの」

「いや勝手にしっくりこられても。てか私の好みくらいイケメンなの?」

「正直やばいイケメン」

真顔であれは放っておく訳がないと力強く語る美香。お客は別として、私は街でナンパされたら顔が良ければいっかと思ってついて行くタイプだ。美香も同じくイケメン好きなので、顔の査定に厳しい彼女がここまで言うのは珍しい。期待ができそうだ。ちなみに漏れなく彼氏はイケメン。

「まじか。まあ、でもどっちでもいいよ引き受けちゃったし。ちゃんと行くよ」

「…本当にありがとう。悠人誘ってまたご飯行こうね」

「はいはい。ご飯で釣れる女ですよ私は」

「美味しいお店探しておくから!…お父さんとお母さんもね、名前のことめちゃくちゃ心配してるの。昔から身を削る働き方してるし、元カレ以来出会いとか聞かないし…お節介なのはわかってるけど」

「そんなお節介なんて思ってないよ。むしろ親いない私にここまで親身になってくれるのには感謝してる」

「当たり前!名前は私の大切な幼なじみだよ!」

道のど真ん中にも関わらずぎゅっと抱きついてくる美香。優しい幼なじみのことだ、心配してくれてるのは本当なんだろうと思う。
元カレか…
酷い別れ方をしたせいで、当時は荒れに荒れまくったしとことん落ち込んだ。それから男なんて信用出来ない。だからこそキャバクラなんて仕事ができるんだろうけど。美香にはそんな態度が投げやりにでも見えたんだろうか。

「ありがとう私も大好きだよ」

「もー!名前ったらクールなんだから!」

「そんなことないんだけど。…さ、今日はたくさん買うんだから最後まで付き合ってよね!」

お見合いの服ってどんなのがいいんだか皆目見当もつかないけど、かわいい幼なじみに任せておけばいっか。

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