「え、お見合い…?!」

美香と美香の両親とご飯を食べ進め、程よくお腹が満たされた頃に本題のお願いへと話題は映った。お鍋は冗談抜きで本当に美味しかった。特にお出汁が私好み。
美香が困った顔でお見合いをしてほしいと私に頼んだのは、雑炊を作ってもらうため一旦鍋が引かれた時だった。

「お父さんの先輩のお医者様でね、同じくお医者の息子さんいるらしくてね、とても顔が良くてモテるんですって。でも、本人が女性苦手らしくて…苦手っていうか、興味ないみたいな…。興味ないっていうか本命作らないみたいな…」

「へえ、女癖悪いんだ」

「ちょっと!オブラートに包んだのに!…まあ、それで…あ、名前はトラファルガー先生って方なんだけど、さすがにいい歳だしそろそろ落ち着いて欲しいらしくてさ。お見合いセッティングしたんだって」

「ふーん…それで美香なの?」

「そうそう。まあそこが名前になるんだけど」

「それが1番意味がわかんないけどね…」

「本当にすまない…お見合いとか急に言われても、戸惑うよな」

「まあそうですね…美香に受けるだけ受けさせたらいいじゃないですか、弘樹さん」

美香の父、立木弘樹はこの辺りでは腕の知られた内科医だ。とても優しく、親身に話を聞いてくれるので隠れファンが多い。ファンと言ってもただ話を聞いてほしい人がよく通っているというだけなのだが。

「僕にとっては先輩のトラファルガーさんから、同じ年頃だから是非食事だけでもお願いできないかと頼まれてだな…。学生時代からずっとお世話になっている先輩でな、断るに断れないから会うだけでいいと言っても、美香は彼氏がいるから無理の一点張りで…」

「だって彼氏いるのに悪いじゃない!その相手の人にも!いくら家の都合とはいえ見合いだなんて」

「悠人なら説明したら理解はしてもらえそうだけどね」

「私が嫌なの!」

そう、美香には彼氏がいる。それも自分の父と同じ内科医の。2人の出会いは大学で、そこからの付き合いも含めるとかれこれ8年ほどになる。美香に紹介されているので私も知っているし、なんなら仲が良すぎて3人で遊びに行くなんてしょっちゅうだ。2人の信頼関係と、私への信用があるからこそのこの居心地の良さは癖になる。

「それでお父さんは頭抱えてたんだけど、私が提案したの。あなたにはもう1人娘がいるでしょって。相手は私の顔なんて知らないんだし」

にこにこと笑う美香。

「抱えてたんだけどって、美香が抱えさせたんじゃない」

「本当に、名前ちゃんを利用しているみたいでとても心苦しいのだけど…」

そう悲痛な顔をしているのは幸子さん。私を娘の美香と同じくらい可愛がってくれる優しい彼女は、本当に申し訳なさそうに眉を下げた。

「ごめんなさいね…。美香も、名前ちゃんの傷が癒えたらなんて言うもので…それはそうなればいいのにって思っちゃって…」

「そうそう。名前ってば元カレと別れてからすごい自暴自棄だし。最近はマシになったけど、もう3年も前のことなのにまだ傷ついてるみたいで見てられなくて」

これでも心配してるんだよ?そう言って拗ねたような顔をする美香は本当にそう思ってるんだろう。けど、私からしたらかなりこの案件についてはお節介でしかない。
傷が癒えることなんてあるわけないのに。

「別に、もう平気。ただしばらく恋愛はいいやってなってるだけで」

「…本当?それならいいんだけど。でもこの話めちゃくちゃいいと思うの。トラファルガー先生は外科医なんだけど、その息子のローさんも外科医なんだって。お金持ちだよ」

「そうなの?それで顔が良かったらそれはモテるね」

「まあ遊んでるんだけどね」

「そこが最低」

夜の仕事をしているが、それは仕事であってプライベートで誠実でない人は論外だ。お客にもいるけど本当に嫌悪感しか抱かない。

「だな…。僕も1番美香にも名前ちゃんにも会わせるのが怖いところはそれなんだ…」

「弘樹さん…」

「名前ちゃんに頼むことになってとても申し訳ないんだが、それでもやはり断ることができなくて…僕の勝手な都合ですまないが、美味しいご飯を食べるだけだと思って会ってはもらえないだろうか…」

「もちろん、そのあとの関係は気にしなくていいの。名前ちゃん、お願いできないかしら…」

そう弘樹さんと幸子さんに頭を下げられては、私こそ断ることができない。
正直本当に面倒だし、たかがお見合いでこんなに大袈裟なの?と思うけど、きっと上流階級の人達にとっては大切な交流なんだろう。今だに政略結婚とかもあるくらいだしね。

「…わかりました。会うだけですよ?」

「…!!ありがとう!本当に助かるよ」

「名前なら大丈夫!男のあしらい方も落とし方もプロだもん!」

「調子いいんだから。あんたには言われたくない」

「今度悠人と奢ります」

「…言ったからね。悠人にも覚悟しておくように伝えなさい」

「はーい!」

ふぅ、とため息をつく。まあ、会うだけでご飯食べられるならいっか。相手が遊び人なら慣れてるだろうから話くらいは聞けるし。仕事に比べればおじさんじゃないだけで楽なもんだわ。

その時はそう楽観的に考えながら、タイミングよく運ばれてきたシメの雑炊に手を伸ばした。


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