ヘルプでつかささんが入ってからはローを彼女に丸投げし、私は自分のお客に専念した。
ローはすこぶる顔が良いからつかささんも上機嫌で付いてくれたし、その日は売り上げも高く取れたしで結果だけ見ればいい日だった。
ただ帰り際、一応自分のテーブルのお客なので形式程度に名刺を渡したのが悪かったのか、彼は1人でも定期的にお店に通っては私を指名してくるようになったのを除けば。

なんで付いてたつかささんじゃなくて私なの。

来店してはげんなりする私の顔を見てにやりとするローとの会話は至って普通。その日の仕事の話だったり高橋先生の愚痴だったり。それはそれで助かるけど、気付いているだろう元見合い相手(仮)の、しかも医者の娘と聞かされている私について何も言ってこないのが心底気持ち悪い。

今日も今日とてやってきたその腹の底が読めない整った顔を睨みつつ、注文されたカクテルを作るためボトルの蓋を開ける。

「おい、笑顔はどうした?レイカ」

「…あらごめんなさい。真剣にお酒を作っていたんです」

「お前が手ずから作ってくれるんだ。不味いわけねェよな」

「もちろんです」

腹いせにいつもと混ぜる分量を変えたのがバレたらしい。目敏い男だ。

「どうぞ」

コトンとグラスを目の前に置き、私も自分のドリンクを手に取り飲む。ちなみにグラスに入っているのはお気に入りのロゼ。色もかわいいしおいしいしで毎回つい頼んでいるような気がする。

「そういやあの時もロゼを飲んでいたな」

しばらく無言でカクテルを楽しんでいたローからの不意の言葉にどきりとした。あの時がいつを指しているのかくらい察しがつく。いつもの調子で急に突っ込んでこないでほしい。

「…なんのことだか」

「ツレないな。あんなに可愛がってやったのに」

「っ!」

グラスへ向けてた目線を思わずローの方に向ければ、含みを持った表情でこちらを見つめていた。

「金に困ってるようには見えねェが」

「…トラファルガー先生に比べたら大方の人間は困っていることになりますよ」

「そうかもな。だが、お前は違うだろ?」

言外にお前は金持ちのはずだと言うロー。確かに本当に私がお見合いした相手の“立木美香”であったなら、困ることはないしここにいないだろう。でも実際の私はあの幼馴染の代理。お金もなければ身寄りもないので必死に稼ぐしかなかった。
そんなことをこの人に言う必要なんてないけれど。

「…プライベートを詮索されるの嫌いなんです」

「ここが職場だからか?」

「いいえ、普段から。冷たくてしつこいなんて、女の人に嫌われますよ」

「くく、だから生憎困ってねェと言っただろ」

この前のやりとりをなぞるような言葉が少しむず痒い。

「困ってないのにここに通うんですね」

「暇つぶしにな」

「そこは嘘でも私に会いにきたって言うところです。本当、先生とお付き合いする女の人って苦労しそう」

「いないからわからねェな」

まあ、そうでしょうね。お見合いしてるんだから。
思わず口から出そうになった言葉をロゼで流し込む。

「……レイカがなってくれるなら、もっと俺も考えるんだけどな」

流し込んだはずのロゼが詰まった。ゴホゴホと咳き込む私の背中を撫でるローの手に居心地の悪さを感じる。

「おい、大丈夫か」

「ごほっ…!…ええ、なんとか…」

「誤嚥は筋肉の衰えによって起こる。鍛えろ」

もっともらしいことを…。

「まあ、今のは違うだろうけどな」

「……嫌な人」

「褒め言葉だ」

はぁ、と整った呼吸で息を吐く。くつくつと隣で笑っている男のどこまでが本気でどこまでが冗談なのかさっぱりわからない。

「もう、私を揶揄うのはやめて下さい!死ぬかと思った」

「…悪いがさっきのは本気だ」

「余計にやめて下さい」

「…チッ。ここだとお前も仕事中だから本音で話せねェな」

「仕事だから断っているんじゃないんですけど…!」

抑えた声量で断固否定する。

「まあいい。話したいことがある。アフターも付き合ってくれないか?」

「…嫌なんですが」

「父親も悲しむだろうな」

この卑怯者!
私に父親なんかいないけど、弘樹さんに迷惑がかかるのは避けたい。

「…わかりました。行きます」

ほくそ笑んだローの顔を見て、1発ビンタしてから話は聞こうと心に決めた。

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