結局ビンタはしなかった私を褒めて欲しい。


「それで?アフターに付き合う意味がわからないけど」

仕事が終わり深夜のバーに来た私達は、互いにカクテルを飲みながらカウンター席の端へと座った。ちらりと男に目を向けるが、その表情からは何も読み取れず。
…お店での発言、全て正気であっては困るんだけど。


「お前、仕事の時とだいぶ口調が変わったな」

「質問を無視しないでよ。てか口調なんてTPOで使い分けてるのは当たり前でしょ?」

「ああ。素の方が俺は好きだ」

「…あっそ。どーも。で?さっきの発言はもちろんアフターのことを言ったのよね?」

「いや、俺の女になれと言ったはずだが」

「…本気で言ってるの?まさか1回寝ただけで責任取れとか言っちゃうタイプ?」

「あ?んなわけねェだろ」

「ですよね…あー、他の理由が何一つ思いつかなくてお手上げなんですけど」

はぁ。
私がため息をついて軽く肩を竦めると、ローは傾けていたカクテルを静かに置き、形の良いヘーゼルの瞳で見つめてくる。その真っ直ぐさになんだか居心地の悪さを感じて、身体が勝手に身構えた。これだから無駄に顔のいい男は。


「……惚れただけじゃダメなのかよ」

「………え、」

「お前に惚れた。だから付き合いたい。至ってシンプル且つ一般的な理由だと思うんだが」

カラン、と氷が溶けた音が響く。
まってまって。なんて言った?「惚れた」?

「冗談でしょ………」

「こんな下らない冗談なんて吐くか」

「…え、ええっ……?!」

店内に静かに流れるBGMをはるかに超える声量で声が出てしまったが、そんなこと気にしていられなかった。平日且つ深夜を回っているためか、カウンター席には誰もいない。奥のテーブル席でサラリーマンが数人談笑していたが、誰もこちらを振り返ることはなかった。

「あなた相当な遊び人って聞いてたんだけど…」

「……、それは否定しねェが」

「その数ある夜のうちの一晩にすぎないのに…なんでまた、」

私なんかに。

斜め上すぎる彼の発言に純粋に疑問を持つ。
たった一回、会っただけ、寝ただけの女に入れ込むとかそんなことあるの?顔も良くてお金もあって将来有望な、この完璧男が?

あり得ないと眉間を押さえる私の隣で、バツが悪そうに舌打ちを1つし残りの酒を煽ったローは、うるせェとこぼした。

「そんなん知るか。…ただイイと思ったから。それ以外に何もない」

同じやつをとマスターに次のお酒を頼んだ男の顔を盗み見る。元々肌の色が濃いため定かではないが、その頬は少し赤い気がする。アルコールのせいかどうかは知らないけど。
あーだのうーだの言葉にならない声が自分の口から思わず出てしまう。
ローはアルコールのせいかはたまた(以下略)でもって熱くなっている手を伸ばして私の頬を撫でる。その触れてきた指先からわずかに伝わる緊張感を敏感に察してしまい、それが伝染したかのように私も動悸が激しくなってきた。まるで思春期に逆戻りした気分だ。

…ああ、どうしよう。



「…今すぐに答えは出さなくていい」

「いいえ…先延ばしにしても答えは変わらないから、今言うわ」


貴方とお付き合いすることはできません。


彼の目を見てそうはっきりと答えた。

「却下だ」

「…は?」

「俺は今答えを求めてないと言ったはずだ。だからなかったことにする」

先ほどの緊張感は演技だったのかと思うほど、至って普通に俺様キャラもびっくり発言をかましたロー。
というか、却下ってなに?

「いや、だから今もこれからも付き合えないのよ」

「知るかよ。俺のこと何も知らないくせに断るな」

「ローだって私のこと何も知らないでしょ?!」

なんなのこの男…!
やっぱりビンタしておけばよかった!

「あ?お前、見合いしたこと忘れたのか?身元はバレてんだよ」

「それはお互い様だと思う…」

でも

「…ふふ、ほら、やっぱり知らないじゃない」

「、あ?」

「やだ、顔が怖い」

告白して開き直ったのか、お酒で目が据わり凶暴さを増した目をしている。こんなの惚れた女に向けるものじゃないと思う。

「何笑ってやがる」

「ん?いや、まあね。時効よね」

「…隠し事は嫌いなんだ。さっさと話せ」

「イライラしないでよ…ふふ、いいよ。話すわ」


これから話す盛大な種明かしはさぞかしこの男の顔を歪めることになるだろう。そしたらきっと告白も取り消し。晴れて私達は他人になる。

簡単に好意を信じられるほど、私ももう子どもじゃない。

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