お店の開店後は自分の指名が入るまで、新規のお客に付いたりヘルプで入ったりと店内の席を転々としていた。
やっと控え室に帰ると同じく席を巡っていた子が疲れた顔してソファーに沈んでおり、自分の顔も相当酷いに違いないと悟る。
だからなのかわからないが、できるボーイの計らいにより今から自分のお客が来るまでは休んでいいとの事だったので、一服しようと私は愛用のジッポでタバコに火をつけた。
煙を思い切り肺に吸い込み、何もかも出す勢いでフゥと吐き出す。

このあとあの先生か…しんど。

自分のお客ともなると出迎えは一層テンションを上げていかなければならないし、何より笑顔で話さねばならないのが気が重い。
しかも先程チラリとのぞいたスマホへのラインには、何やら後輩も連れてくると書いてあったので余計にそう感じる。
つかささんと2人で対応する計画も連れが来るとなると意味がなくなる。どうしたもんかなと吸い終えたタバコをぐりぐりと灰皿に押し付けた。
暫くそのままソファーに項垂れていると、にわかに騒がしい店内が余計賑わった。

「レイカ、レイカ!先生来たわよ!」

ああ、それでか。

いつもと様子の違う興奮したつかささんが呼びに来たのには首を傾げたものの、ここの店はVIP客の来店時には手の空いてる女の子達が全力で迎えるのでその騒ぎかと納得して重い腰を上げる。
いってらっしゃいとソファーから先の女の子がヒラヒラと手を振るのに返し、やるかと笑顔で控え室を出た。


ボーイに自分が座ったらヘルプでつかささんを席につけてくれるよう頼み、いつも高橋先生が座っている席へと向かった。いつになく女の子達がそわそわとその席を見ているのが不思議で全くもって状況を理解できないが、自分のお客なので対して気にもせずそのまま近づく。

「高橋せんせ、待ってました〜!」

「レイカ!私も会いたかったよ…!」

お客の後ろからわざと小走りでヒールを鳴らしながら甘えた声で話しかけると相手が目に見えて喜ぶので、何気にこういうちょっとした仕草を私は楽しんでいたり。

「ラインさっき見ました!お連れがいるっ…て…」

高橋先生の横に座りながら、まだ後ろ姿しか見ていなかった連れの顔を見た名前はぽとりと手に取ったおしぼりをテーブルに落としてしまった。

「…こんばんは、レイカさん?」

「あ…こ、こんばん…は」

まさか、なんで、どうして。

「…?トラファルガーくん、知り合いか?」

「……いえ、高橋さんの仰ってた通り綺麗な方だと見惚れてしまって」

「はは!そうだろうな!私も初めてレイカに会ったときは思わず固まってしまったからわかるよ!」

得意げに話す高橋先生の横に座る男は、先日幼なじみの代打で出たお見合いの相手だった。少し目を見開いたあとニヒルに笑ったトラファルガーさんは、この前とは違いかなりラフな格好をしているのに存在感がある。女の子達がざわめいてたのはこいつのせいかと納得はしたが、自分にとっては全然良くはない。私もメイクは濃いし髪型も服も違うけどこの様子だと絶対バレてる。何より目の前の男はそういうのに勘が鋭そう。
落ち着けこれは仕事だと言い聞かせながらゆっくり息をする。落としてしまったおしぼりを新しいものと交換し、私は笑顔を作ってトラファルガーさんにもそれを渡した。

「初めまして、レイカです」

辛うじて声は震えていなかったはず。

「高橋先生、いつも1人で来るからお連れさまとかびっくりしちゃいました!」

「本当は今日も1人で来る予定だったんだよ。でも気が向いていつも優秀な彼を労おうかと誘ってみたんだ」

断られるかと思ったが、案外ついて来てくれてね。

「そ、そうなんですね…!じゃあ、同じお医者さんなんですか?」

「ああ、彼は外科担当なんだよ。ほら、私も同じ外科医だからね。院内で面倒をみてやってるんだ」

「…お世話になってます」

そのあんまりにも気持ちのこもってない礼の言葉に思わず笑いそうになってしまったが、我慢。店での横柄な態度を見るにきっと仕事場でもこのおじさんは同じなのだろうと察する。

「ええっと、お名前なんていうんですか?」

もう知ってるけど。

「…トラファルガーローだ」

「じゃあ…トラファルガー先生、ね」

「おいおい、あんまり綺麗だからって私のレイカは渡さないからな!」

「やだ、高橋先生ったら嫉妬してくれるの?」

嬉しいと伝えた途端に上機嫌になるお客にそのままオーダーを頼むと気前よく注文を入れてくれる。
これだからこの先生はまだまだ手放せないのよね。
動揺が少し収まった私は仕事だと切り替えて接客を始めた。
もう少しでつかささんが来るから、来たら自分のVIP客に集中しよう。
ボーイに早く彼女を連れてきてと目で訴えながらお客2人と自分のオーダーを頼み、小太りの中年を挟んだ奥からくる刺さるような視線に気付いてないフリをした。

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