例のお見合いから2ヶ月が経とうとしており、あの夜も過去になりつつある。
後日美香から根掘り葉掘り尋問され、きゃあきゃあ騒いでいたがそれはそれ。
結婚自体は正式にお断りをし、当然私も個人で連絡先など交換しているわけもなく、あの外科医様ともそれっきりだ。
ただどういう訳か、断った後に相手からもう一度会って欲しいと言われたらしく、どうしたらいいか困っていると美香から電話がかかってきたことがあった。

「もー!これって、あんたがワンナイトしたせいで私のこと遊び相手に丁度いいって勘違いされてない!?」

「あはは!悪かったってば!でも誘ってきたのはあっちなのよ?」

「…それ、絶対名前に誘われたって向こうは思ってる…」

そうかなぁ、とお見合いの時を思い返してみるが心当たりがまるでない。仕事で同伴の時のように胸元が開いてる服も着ていないし、勘違いされるような言動もしてない。ましてや誘われるまで彼に触れてすらいない。とても清いお食事だったはずだ。…その後は別だけれど。



今日は夜の仕事が入っているので、名前は14時頃からいそいそと活動を始めた。
歯磨きをしながら昨夜来たラインを見返すと、VIP客のうちの1人から今夜会いに行くとの連絡が来ていた。
そういえばこの人もお医者さんだったな。
何人かいる医者の客の中でも羽振りのいい方で来てもらえるのはありがたい。ただ例に漏れず高級車を乗り回し、お店での振る舞いが横柄過ぎて対応に疲れるおじさんなのが難点だ。新人の女の子が潰れるような飲ませ方をしていて、それを止めた私も潰されかけたのは記憶に新しい。

「ハァ…」

憂鬱で無意識にため息が出てしまう。
同じ医者でもこの前の彼に出会ってしまった後だと、神様って割と不公平なんだなと二物も三物も与えてもらった外科医の姿を思い出しながら口を濯いだ。

今回同伴はないので、早めに出て気分転換してから出勤しよう。

そう決めたら落ち気味の気持ちも少し持ち直し、身支度をするべく洗面台を後にした。


特に目的もなくブラブラとウィンドウショッピングを楽しみ、目についたカフェで一休みした後お店へと向かい裏口のドアを開ける。

「おはようございまーす」

「おはよう、レイカ」

挨拶と共に呼ばれる源氏名。入った当初は適当に響きがいいからの理由で付けたそれも、今ではすっかり第二の名前として耳に馴染んでいる。
挨拶を返しながらいくつかあるメイク台の方を見ると、先輩の1人が髪のセットをしている最中だった。

やった!今日はつかささんがいる!

美人系で歴も長く頼れる彼女は、女の子たちに人気の先輩で私もついつい甘えてしまう存在。

「つかささーん…」

「あらレイカ。何よ甘えた声出して」

「えへ。今日実はあの高橋先生が来るんですけど…一緒についてくれませんか?」

「え、あのオヤジくるの?この前もなんかやらかしてなかった?」

「そうなんですよ…。だからちょっとつかささんについててほしくて。時間大丈夫ですか?」

「そうね…まあ、この時間なら私のお客さん来ないしいいよ!」

「本当ですか!ありがとうございます…!」

一緒に潰すか!と物騒な言葉と共にお茶目なウインクをしてくるつかささん。彼女がいれば心強い。
よかった…。これで今夜は乗り越えられそう。
憂鬱だった気持ちが少しだけ浮上して着替えを済ませば、すっかり仕事モードの顔になる。
キャバ嬢にとってドレスは戦闘服。
メイクポーチを鷲掴みメイク台に座った私を見て、隣のつかささんが楽しそうに笑っていた。

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