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「心配ですか?」
「……当然だ。あの二人は仲間だし、それに争いなんてことになったら……」
「エルクが出ます。山賊一味の討伐とは訳が違いますから。場所的に、クラウディオ平原が戦いの舞台になります。この城も厳戒態勢が敷かれ、わたし達が容易に外に出ることは難しくなるでしょう。――わたしにはあのお二人がどんな目的でここにいたのかは分かりませんが、貴方の近くにいたことから、万が一の場合は貴方を守ることが最重要課題となります。もちろん、陛下の御身は言うまでもありません」

 本宮を抜けて門をくぐり、そうして一つ、二つ、と数を重ねていった先にやっと城門がある。城下に広がる町並みは常に賑やかで、争いを知らないようにも見えた。
 アスラナ王国王都クラウディオ。そこは魔物の危険もなにもない、安息の町として広く知られている。中央から遠く離れれば離れるほど、クラウディオは理想郷として語られていた。

「そんなにもすぐに争いが起きるようなことなのか? 戦には金もかかるし、なにより人員が必要なんだろう」
「ええ。けれどシエラ、今のご時世で争いのまったくない国なんてありえないんです。己の領土を持った貴族達は、より税収が見込める土地を求めて知略を巡らせ、ときに兵を派遣します。町の居酒屋では、肩が当たった当たっていないで乱闘が起こります。今回の件を同列に並べていいかは分かりませんが、わたしの口からは『ありえない』とは言えません」

 今頃、王の私室では、リヴァース学園との戦の際の作戦でも練られているのだろうか。見えるはずもないのに、シエラはその方角に目をやった。
 ライナは落ちてくる雪を手のひらで受け止め、声なく微笑んでマントの合わせ目を片手で掻き合わせた。ふわりと吹いた風によって、彼女の銀髪が柔らかく靡く。一瞬覗いた小さな耳には、ホーリーブルーの耳飾りが輝いていた。

「少し、関係のない話をしても構いませんか?」
「え? あ、ああ……。別に構わないが」
「ありがとうございます。――わたしの生まれがアスラナではなく、エルガートということは覚えていますか?」
「ああ。それが?」
「エルガートは国全体が豪雪地帯なんです。アスラナも北の方は凄まじいんですけど、それよりもさらにすごい雪が降って。あの国ではこんな風にお上品に降ってはくれません。ドカドカと音を立てて降ってきて、わたし二人分ほどの高さの雪が一晩のうちに積もります」
「一晩で?」
「ええ。すごいでしょう?」

 手のひらの熱で溶けた雪を愛おしそうに見つめ、ライナは悪戯っぽく笑った。

「だから冬は、ずっと屋敷に籠もっていたそうです。出来るだけ夏の間に食料や薪の貯蔵をしておいて、厳しい冬を耐え凌ぐんですよ」

 リーディング村も雪が深かったが、家に籠もりきりというわけではなかった。冬には冬の過ごし方がある。
 それにしても、今のライナの言い方はどうにも他人事にしか聞こえなかった。

「わたしは、四歳でアスラナにやってきました。王立学院に入学して、聖職者としての教育を受けてきたんです。聖職者の印を持って生まれた子どもは、よほどの事情がない限り、この年で一度王都を訪れなければなりません。そうして一年は同志と過ごし、王立学院で――ああ、珍しい例ですが、地元の聖職者学校で学ぶこともあります」
「……それは他国の人間も同じなのか?」
「いいえ。その限りではありませんよ。けれど、聖職者の養成に最も力を入れ、そのなんたるかをよく知っているのはアスラナを抜いて他にはありません。わたしの家は“ああ”ですから、昔からアスラナとの繋がりもありました。ですから、せっかくの神の寵愛を最大限に生かせるようにと、両親はそう考えてわたしをアスラナに連れてきたそうです」

 ライナの素性はもう知っている。エルガートが誇る公爵家ファイエルジンガー家の長女だ。冷静に考えてみれば、本来シエラがこうして並んで口を聞くのも考えられないような身分の人間なのである。
 公爵令嬢は雪化粧を施した薔薇を軽く指でつつき、みずみずしい唇の両端を持ち上げて目元を和ませた。

「それ以来、わたしはアスラナとエルガート、そしてホーリーを行き来するようになりました。とはいっても、アスラナにいることの方がずっと多かったんですけどね」

 庭師にでも担がれたのだろうか。背の高い生垣の向こうから、ルチアの嬉しそうな顔が覗いて見えた。

「……なあ、ライナ。銀髪だというだけで、その子どもは絶対に聖職者にならなければならないのか?」
「『ならなければならない』という条文はどこにもありません。四歳になれば王都にやってきて、神の祝福を受ける――それが唯一の、そしてアスラナに生まれた限りは絶対の定めではあります。……けれどわたしを含め、あそこ(王立学院)にいた人々は、聖職者以外の道を考えたこともなかったでしょう」
「考えたことがない? なぜだ。他のことをしたい者もいただろうに」
「自分には向かないかもしれないと嘆く者は確かにいました。ですがシエラ、わたし達は生まれたときから聖職者になるものだとばかり思っていたんです」

 そんな馬鹿な話があるか。思わず眉を寄せたシエラに、ライナは困ったように笑って首を傾げた。


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