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 総隊長であるエルクディアがシエラに付き従っているのは「神の後継者の護衛」という仰々しい例外があるからだとしても、フェリクスがほんの数名の隊員を率いてホーリーへ渡ってきたり、オリヴィエが偵察の真似事をするのも考えられないことだと、シルディはとても驚いていた。
 到底口を挟める雰囲気ではなく、シエラとライナは居心地の悪さに互いに目配せをするより他になかった。侍女が用意してくれた紅茶は、もうすっかり冷めきっている。

「二人が本当に学園に戻っていない可能性は?」
「皆無とは申しませんが、限りなく低いと思われます。学園の正門をくぐる二人を見たという目撃者もおりました」

 二人のやりとりを聞き、エルクディアは難しい顔をしながら己の腰に佩いた長剣を睨むように見つめていた。

「あの……、陛下。このお話にわたし達を外させない理由を、お聞かせ願えませんでしょうか」

 一度唇を強く噛み締めたライナが、射るような眼差しで切り出した。ユーリが穏やかに微笑む。

「我々聖職者にとって――、特に神の後継者にとって、無関係とは言えない話だからだよ」
「……私に?」
「ああ。現在、アスラナ各地で魔導師による聖職者への妨害行為が頻発している。今はまだ“妨害”なんて可愛い呼び方で済んでいるけれど、そのうちどうなるかは予想がつくだろう。その実情を調べるためにもオリヴィエに出てもらっていたんだけれど、どうやら悪化しているようだ」
「ねえ、まどーしって、せーしょくしゃみたいに魔物をやっつける人のことだよねぇ?」

 シエラの膝によじ登ったルチアが、テュールをしっかりと抱きながら訊ねた。
 
「ああ、そうだよ。我々聖職者とは異なった力でね」
「せーしょくしゃもまどーしも、どっちも魔物をやっつける人なのに、なんで邪魔するの? どっちもたっくさんいた方が便利なのに」
「確かにねぇ」

 ユーリは笑って流そうとしたが、妖精のような外見に毒を隠し持つ少女は容赦はしなかった。

「似てるけど違うから、邪魔になるから、だめなの? まどーしの方が強いと困るから、内乱になるの?」

 その場にいた誰もが凍りついた。平然としているのは、ルチア本人とテュールくらいなものだ。
 はっきりと口に出された内乱という単語に、オリヴィエですら驚きの表情を隠せないでいる。それも当然だろう。ルチアはどこからどう見てもただの子どもだ。その話し方だって、ずば抜けて賢く見えるものでもない。

「だってね、ベラリオさまがゆってたの。同じものは二つもいらない、って。より価値のあるものだけを残して、他は捨てるんだって。でもね、あとで使えるかもしんないから、せーりょくをそいで残しておく場合もあるんだって。ルチアよく分かんないけど、でもね、こーゆーフインキのときはいっつも戦いがあったもん。ルチアもたーっくさんお手伝いしたんだよ!」

 顔を上向けて笑みを浮かべたルチアは、褒めてほしそうに目を輝かせていた。褒められるのが当然と思っている夜色の瞳は、血の色など知らないような美しさを湛えている。
 それでも、この少女は本能で戦のにおいを嗅ぎ取っているのだ。大人達があえて口にはしなかった言葉を恐れなく用いて、内乱の先になにが待ち構えるのかも知った上で、ルチアは笑う。

「……今はまだ、なんとも言えないよ。ここで私がどうと言えるものでもない。けれど、むやみに花を萎ませたくもないからね。出来る限り、そうはならないようにするつもりだ」

 そう言って微笑むと、ユーリは「申し訳ないが」と前置いてルチアの頭をそっと撫でた。

「姫君達には、ここでご退席願えるだろうか。私としてもとても残念なのだけれど、男だけで話さなければならないことがあってね。どうか、またあとで」

 落ちてきた不揃いの銀髪を背に払いながら苦笑する様は、確かに「美貌の青年王」と評されるにふさわしい。
 どれだけ距離が近かろうと、ユーリはこの国の頂点に立つ王だ。その額にはいついかなるときも目には見えない立派な冠が填まり、臣下達を照らし導く光になる。最終的に、彼が「出て行け」と言えば、シエラ達はこの部屋を出ていかざるを得ないのだ。
 踏みとどまろうとしたシエラを、ライナが無言のまま手を引いて促した。


+ + +



 久しぶりに足を運んだ本宮の中庭は、真冬ならではの装いになっていた。寒冷に強い品種の雪姫という赤い薔薇が、うっすらと降り積もる雪の中で咲き誇っている。
 ルチアは庭に出るなり、はしゃいだ声を上げて駆けて行ってしまった。手入れの行き届いた花壇を跳ねるように見て回り、世話をしていた庭師にあれやこれやと訊ねている。

「大丈夫ですか?」

 急ぎ足で暖かいマントを持ってきた侍女から三人分のそれを受け取ったライナが、一枚をシエラの肩に着せかけながら気遣うように訊ねてきた。彼女はシエラの答えを待たず――すぐに答えが返ってこないと気づいていたのだろうが――、寒空の下、薄着で駆け回るルチアにも声をかけたが、少女は「へーき!」と応えて戻ってくる様子はない。ホーリー育ちなのに寒さに強いとは意外だ。そんなことを思いながらいそいそと自分もマントを羽織り、雪のちらつく空を見上げた。
 その横顔からは、なにやら慈しむような雰囲気が伝わってくる。紅茶色の瞳は、空からゆっくりとシエラに移動してきた。


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