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「だって、銀の髪は聖職者の証なんです。左手の甲に浮かんだ十字の痣は、神に愛された口づけの痕。偉大なる創世神様に愛された身で、その愛を裏切ることはあってはならない――それが幼い頃に聞かされた教えでした」
「でも……」
「生まれながらにして運命を決められた、とは大げさな言い方になりますが、一般的な考え方としては、それも同然なんです。銀髪の赤子は、聖職者になる。……わたしは、嫉妬しているのかもしれません」
「嫉妬?」

 胸を押さえるようにして俯いたライナは、足元をじっと見つめていた。突然小さくなった声音のせいで聞き間違えたのかと思ったが、ライナはかすかに首肯する。

「貴方と出会って、そして、ホーリーへ行って。何度も足を運んだことのある国なのに、あそこはまったく別の国のようでした。シルディともレンツォさんとも、何度も言葉を交わしたことがあります。それでも、この前の旅では今までにない考え方をわたしに与えてくれました。今までだってきっと、あの人達は同じことをわたしに言っていたはずなのに」
「つまり、どういう……?」
「わたしには、聖職者になる以外に道がなかった。そしてそれを、当たり前だと思っていました。誇りはあります。聖職者であることに不満はありません。――だからこそ、その道から外れた人々が許せなかったんだと思います」

 ねえ、シエラ。
 ライナは今にも泣き出しそうな顔で微笑んで、小さな手をそっと鎖骨の辺りに添えてきた。服越しに触れてくる手が、神父服に隠されたホーリーブルーの首飾りを優しく撫でる。

「魔導師さん達は、……あの人達は、自分で無数の道から今の道を選んだ人々です。誰に強要されるでもなく、自分の意思で。そこからして聖職者と魔導師は違う。違うのだから、分かりあえるはずがない。そう思っていました」
「今も?」
「……はい。やっぱり思うんです。聖職者と魔導師では、目的が異なると。わたし達は救済を。彼らは破壊を。わたしはどうしても、それを飲み下せない。だから、彼らが苦手です。今回の一件で魔導師側と争うことになるかもしれないと聞いたとき、『仕方がないのかもしれない』と思いました」
「そんなっ!」
「わたしだって、争いは嫌です。戦には反対です。でも、それでも、どうしても魔導師のあり方を受け入れることはできないんです。その根底に、わたし個人の醜い嫉妬が含まれているのだとしても。――できないんです、けど」

 ゆっくりとシエラの背に腕を回してきたライナが、まるでルチアのように抱き着いてきた。鼻先に柔らかい銀の髪が触れる。優しい香りがした。紅茶にも似たそれは、まさしくライナの香りだった。
 鼓動が重なる。ひらひらと振り落ちてくる六花が、小さな旋毛に落ちて銀色に光った。

「……違ってもいいんだって、思えるようになりました」
「え?」
「シエラは、わたしの考えを飲み下せませんよね?」
「ああ。私は、聖職者も魔導師も関係ないと思う。まずは魔物の被害を食い止めることの方が大事だ。たとえ魔導師の退魔方法が破壊そのものだとしても、力を持たない者には関係ない」
「はい。……わたし達はきっと、その点に関して分かりあえません。少なくとも、今は。――以前は、そのことがひどく嫌でした。どうして分かってくれないのかと、貴方を責めてしまった。ごめんなさい」

 頭を下げるためにライナが離れ、急に失ったぬくもりに身震いした。慌ててマントの前を掻き合わせる。
 シエラに背を向けた彼女は、耳を飾るホーリーブルーに触れながら言った。

「ねえ、シエラ。ラヴァリルと魔導師さんが帰ってきたら、思いっきり叱り飛ばしてあげましょうね」
「えっ?」

 振り返ったライナは、どこか照れくさそうに笑っている。
 今、彼女は「帰ってきたら」と言っただろうか。ラヴァリルとリースの二人が、ここに帰ってきたら。――それは、アスラナ城へ魔導師を受け入れたことを意味するのではないか。
 ライナの口ぶりでは、魔導師は理解できるものではなく、受け入れがたいと言っているように聞こえた。訳が分からず眉を寄せるシエラをからかうように、彼女は表情を綻ばせた。

「考え方は違っても、受け入れがたくても、それでも『好き』なら、傍にいたっていいそうです。魔導師さんの――リースのことはなんとも言えませんけど、ラヴァリルのことは好きですから。あの二人が本当に裏切ったというのなら、わたし達に怒る権利があるはずです。そしてそのとき、わたしはきっと彼らを許せません。あるいは、そんな気もなくただ騒がせているだけなのだとしても、やっぱり怒っていいと思います」
「ライナ……」
「ガツンと言ってやりましょうね。そして陛下にも。『内乱の心配をさせるだなんて、貴方それでも国王ですか』って」
「そうだな。そうしよう」

 ライナの瞳に、もう暗い影はない。ホーリーでつらい思いをしただろうに、どうやらあの王子はそれを上手く支えてくれたらしい。
 こことは違う、常に水気に溢れたあの場所を思い出す。
 穏やかな、冬とは思えない風が吹いた。撫でるように二人の間を吹き抜けた風は、この寒さの中で咲き誇る花々を揺らして雪を落とす。

「――貴方が好きです、シエラ。わたしの親愛なる友達。だから、ずっと傍にいることを許してくださいね」

 どうしてそれをシエラに乞うのか、さっぱり分からない。

「馬鹿なことを言うな。友達なんだろう? わざわざ許すまでもない」
「……ええ、そうですね。ふふっ、やだ、なんだか恥ずかしい。そろそろ中に入りましょう。風邪を引いては大変ですから。――ルチア! 戻りますよ!」


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