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真新しい徽章が、少年の胸できらきらと輝いている。
先日行われた騎士養成学院ルントアプールでの剣術大会は、大変な盛り上がりを見せた。それは学院の騎士見習いだけでなく、王都中の人間が広い闘技場に集まって将来有望な若い騎士の勇姿をその目に納める、重要な式典のようなものだった。
その日の天気は快晴。一昨日までどんよりと重たい雲が空を覆っていたというのに、決勝戦では見事に晴れ渡った空が二人の少年、そして観客を見下ろしていた。
打ち鳴らされた鐘の音を皮切りに、目も眩むような速さで繰り広げられる剣戟。それは筋骨隆々の、しっかりとした体のできあがった大人の騎士にはどうやっても真似できない、しなやかで弾むようなこの時期特有の動きだ。
剣は身の丈に合わせているものの、少年の細い腕には重たそうに見える。だが得物に振り回されるようでは、決勝戦はおろか大会に出場することすら叶わないだろう。
興奮と冷静さの狭間でぎらつく視線を交え、何度も何度も剣を重ねた結果――どっと沸いた観客席からの賞賛を一身に受けたのは、額に玉の汗を浮かべる金髪の少年だった。
十を過ぎたばかりのエルクディアは汗を拭うと、打ち倒した七つ年上の少年に冷ややかな笑みを向けて剣を収めた。
このときの、尻餅をつき肩で息をしながら自分を見上げてくる彼の顔といったら! 学院一の腕前と言われる少年を、見事に衆人環視の公の場で打ち倒したのだ。
闘技場の中心で味わった高揚感を思い出すと、今でも忍び笑いが漏れる。
興奮が醒めぬうちに王都騎士団長から新しい制服と長剣を与えられ、賛辞と労いの言葉と共に賞状を受け取った。その日の晩は特別に門限もなく、王都騎士団の青年達に誘われた酒場へ行き、豪勢な料理で祝ってもらった。
騎士達は酒を勧めてくれたが、師匠であるオーギュストが否と首を振ったので、彼らは母親に怒られた子供のように首を竦めて退却していった。
騎士団長であるオーギュストに口答えできる者など、そうはいないらしい。代わりにエルクディアが唇を尖らせて抗議したところ、頭蓋骨を砕きそうな拳骨をがつんと食らった。こういうところは妙に厳しく、一切甘やかしてくれない。まあいつものことだけど、と若干不貞腐れながらも彼はジュースを飲み干したのだった。
騎士団御用達というだけあってか、酒場は随分と広々としていた。綺麗か汚いかと聞かれれば、武人達の武骨さが似合う店だと答えよう。ともかくそんな店の中でも、オーギュストはどっしりとした雰囲気で威厳を湛えていた。
肉汁で口元を汚したまま、エルクディアは彼を眺める。べとべとになった手のひらと、酒を煽る彼の大きな手を見比べて、また一歩近づいたと喉を鳴らして笑った。
学院の中でも最も幼いエルクディアに負けた者達や、その実力を知らない者達の中には、師匠が騎士団長だからだと言う者もいる。贔屓だなんだと陰口を叩かれることも多く、今回も八百長だと騒ぐ連中が少なからずいた。
文句があるのなら、直接かかってくればいい。どんな相手だって、最終的には膝をつくに決まっている。底知れない自信から、エルクディアはくつりと喉を鳴らした。
声が枯れるまで騒いで、泥のように眠ったのは空気が朝の気配を纏い始めた頃に近かった。当然翌日の早朝鍛錬には遅刻して、気が抜けているだの浮かれるなだの散々叱責を受けた。
その日一日、罰として学院内すべての厩の清掃をさせられたのは屈辱以外の何者でもない。
そしてその二日後の今日。罰掃除をさせられて汗と埃まみれになっていたとは思えないほど小奇麗な格好をして、彼はアスラナ城にいる。
優勝した騎士見習いに対し、王直々に褒美を授けるのが慣わしで、つい先ほどまで玉座の間で長々とした賛辞――よく聞けば大半が自分のことしか喋っていない――を賜っていた。
多くの貴族や役人に囲まれて、にこにこと子供らしく愛想のいい笑顔を浮かべてはいたものの、あれほど息の詰まる空間にこれ以上い続けるのは無理だ。
目を潤ませて胸を押さえ、緊張しすぎて気分が優れないと訴えれば、面白いくらいに簡単に解放された。
こんなに簡単に騙されるなんて、この国の将来はどうなるんだか。肩を支えられながら弱い足取りで出口に向かうエルクディアの背に、オーギュストの呆れた眼差しが突き刺さったのは言うまでもない。
付き添ってきた文官を適当な理由をつけて追い返し、誰にも邪魔されなくなった状態でエルクディアは城内探検に心を躍らせていた。
アスラナ城の主要部から少し離れた場所にある騎士館には何度か通わせてもらっていたから、ある程度の地理は把握している。
できるだけ人目を避けながら、まるで森のような庭園の茂みを抜け、思うままに足を進めた。青々とした木々の間から優しく零れ落ちてくる日差しの、なんと柔らかなことか。
息吹き始めた緑と花の香りにいざなわれるように、少年はあたり一面に咲き乱れる黄色の花の中を泳ぐように小道を行った。
そして花の小道を抜け、さらに細い道を突き進むと、美しい草原のような場所に出た。