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 ほんの僅かに隆起した丘の上には、全面ガラス張りの教会のような建物が建っている。ガラスを通してきらきらとした光を受け取っているのは、建物の中いっぱいに広がった緑だ。温室だろうか。銀の骨組みが鳥籠のように見える。
 そんなことを考えていたらいつの間にか扉の前に立っていて、知らず知らずのうちに吸い寄せられていたのだと気づく。
 随分と丁寧に管理されているようだが、鍵はかかっていないらしい。
 二重の扉を慎重に開け、中に入ると心を溶かすような甘い芳香が慎ましやかに寄り添ってきた。

「うわ……」

 外から眺めるよりも天井は遥かに高く、青々とした枝の向こうにはそのまま空が広がっている。
 ぐいりと首を仰向かせていたせいで、軽い立ちくらみさえしてきたほどだ。
 そんな中、小さな音と同時に人の気配を感じてエルクディアは音の方へ顔を向けた。ゆらゆらと揺れ動く植物の向こう側に誰かがいる。
 瞬時にここにいることの言い訳を頭の中で組み立てて、エルクディアは植物の壁を回り込む。ここで逃げたり隠れたりしては余計に怪しまれてしまう。あえて自分から姿を見せることで、用意した言い訳の信憑性を増そうという考えだ。
 人好きのする、いかにも困っていますといった微苦笑を作った状態で「あの、」と声をかけて――そこで、彼は驚きに目を見開いた。

「あっ、あの……」
「…………!」
「えっ!? ちょっと、待って!」

 今自分がなにをしているのか、分からなかった。気がついたときには、どくどくと心臓が激しく高鳴り始め、怯えた表情で走り出そうとした少女の腕を咄嗟に掴んでいた。
 恐る恐る振り返った年下の少女の目が、涙で濡れている。

 ――え、もしかしてこれ、俺が泣かせたのか……?

 離してやらなければ、と思うのに手は石のように硬直している。頭も口も回らず、二人の間には『騒がしい沈黙』が訪れた。
 少女がしゃくりあげ、ぱたぱたと涙を零している。対してエルクディアはもつれる舌で言葉を紡いだが、意味あるものにはならずに消えていった。
 少女が唇を噛み締めて、涙を堪えようと必死に努力している。そこでようやく、彼は強く握ってしまっていた手をそっと解放した。

「ごめ――いや、申し訳ございません。怖がらせるつもりはなかったのですが」

 純白のドレスには草や花びらが纏わりついていたが、どう見ても良質なそれは使用人の娘が身につけられる代物ではない。
 ならばこの城に滞在を許された貴族の娘なのだろうか。エルクディア自身も一応は貴族の端くれだが、言葉通り端くれだ。貴族の末端も末端、かろうじて引っかかっているだけの地位だ。
 そんな自分が良家のお嬢様を泣かせたとあっては、とんでもない事態を引き起こしかねない。なんとかして機嫌をとろうと、エルクディアは懸命に少女に話しかけた。素性を明かし、跪いて目線を同じ高さにする。
 本当は少女よりも下にしたかったのだが、身長差からそれは難しかった。
 馬鹿みたいにぺらぺらと口が動いて、他愛のない話が水のように流れ出る。冗談を織り込みながら話していると、ようやく少女の目から涙が消えた。
 口元に浮かんだかすかな笑みにほっとする。こちらの様子を感じ取ったのか、少女ははっとして肩を震わせ、おずおずと口を開いた。

「あなたは……だれ? どうして、ここにいるの?」
「先ほども申し上げました通り、ルントアプールに籍を置きます騎士見習い、エルクディア・フェイルスです。王より褒美を賜るため、登城致しました」
「とうじょう……?」
「お城に参った、ということです」

 まだ幼く、小難しい言葉の意味を解さない少女は何度も瞬きを繰り返し、ようやっとエルクディアの言葉を飲み込んだらしい。
 硬い表現を必死で噛み砕こうとしていたためか、本来聞きたかったであろう「なぜこの場所にいるのか」という質問に答えられていないことに気づいていないようだ。



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