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 ガチャガチャとせわしなく金属音を奏でて走り回る騎士や兵士の姿に、侍女達は身を寄せ合って「まあ!」と小さく叫ぶ。部下の報告を受けて苦々しげに舌打ちしたエルクディアが、近くにいた貴婦人に袖を引かれて振り向いた。
 貴婦人はまばゆいばかりの金髪に香水の匂いをぷんぷん漂わせ、手のひらいっぱいに貴金属を抱えている。どうしたことかと尋ねてみれば、彼女は震える声音で「これを」と言った。

「これを、なんとしてでもお守りなさい。いいですね、分かりましたか?」
「――申し訳ありません、アードラー夫人。どうかご自身で管理を」
「まあまあまあ! アナタ、わたくしに逆らうのですか! このロジーナ・アードラーに!」

 いちいち語気を強くして叫ぶように言うロジーナに、エルクディアはばれないようこっそりとため息をついた。
 この貴婦人、なにかあるたびにエルクディアに突っかかってきては、訳の分からないことを捲くし立てて一人で立腹している常習犯だ。
 美しい女性だとは思うが、その気の強さから周りには敬遠されている人物でもある。エルクディアの背後に控える騎士達もどこか面倒くさそうに眉を寄せ、頬を掻いていた。
 彼らには彼女一人に構っている暇などないのだ。下手をすれば、この城のすべての宝物庫が荒らされてしまう。

 ――小さな、侵入者によって。

「アードラー夫人、我々が責任持って対処致します。陛下自ら対策を練っておられますので、どうか今しばらくお待ち下さい」
「そんなことを言っても、わたしくの大事な大事な宝石が“食べられて”しまってはどうするつもり!?」
「ですから、それは――」

 ああもう鬱陶しい!
 ヒステリックに叫ぶロジーナを前に内心苛々としながらも、エルクディアは表に出す顔色を変えなかった。だがその反面、ロジーナが焦るのも無理はないとどこかで思っている。
 彼女は「宝石が食べられてしまっては」と言ったのだ。普通ならば、「盗まれてしまっては」と言うところを。
 それはこの城の小さな侵入者が、盗みを目的に宝石を狙っているのではないということが窺い知れる。本来ならば宝石はその美しさにしか価値がなかったが、聖職者の持つ力を増幅させ導くといった力があると発見され、武器の一部としても需要が生まれた。
 しかしそれだけだ、と大半の人間は思っていたのだが、どうやら違ったらしい。

 小さな侵入者こと、つい先日シエラ達が連れ帰ってきた時渡りの竜――テュールにとって、宝石とは力を引き出す石であり、また空腹を満たす食料でもあった。
 マフスト村から帰ってくる道中、ライナが山賊から没収したという宝石をテュールに与えているのを見て、シエラもエルクディアも大して気に留めはしなかった。
 元々ライナからの情報で時渡りの竜が宝石を好むことは知っていたし、小さな手できらきらと輝く石を掴んで食べる姿は愛らしかったからだという理由もある。
 しかし、その愛らしい光景も城に帰ってきて一変した。まず国王であるユーリに報告を、と思って彼の前にテュールを連れて行ったのがまずかった。それはもう、ものすごくまずかった。
 あのときの光景を思い出しただけでもエルクディアは背筋の凍る思いをする。

(……あのユーリに食らいつこうとする奴、他にいるか?)

 執務室の立派な椅子に腰掛け、ふわりと神々しいまでの笑みを浮かべたユーリ目がけて、テュールは猛突進していったのだ。
 淡いグリーンのグラデーションがかった時渡りの竜はそれこそ宝石のように美しいが、ユーリは容赦などなかった。
 弾丸のように突っ込んでくるテュールを聖杖で弾くと、机の上に落下したテュールの首根っこを摘み上げて「エルク、飼ってもいいけど躾は大事だよ?」とのたまった。
 どうやらテュールはユーリの美しい銀髪と、その身を飾る装飾品に反応を示したらしいのだが、それにしても末恐ろしい竜である。それからというもの、シエラもユーリもテュールを甘やかし、彼の望むままに宝石を与え続けた。
 ライナとエルクディアがそれをやめさせようとしたのだが、時既に遅し。
 一週間ほどでテュールは城に馴染んだが、同時にありとあらゆる装飾品を齧り始めた。そして今、テュールはなぜか神の後継者と共に行方を晦ましている。

「アナタ、騎士団の総隊長でしょう! なんとかなさい!」
「アードラー夫人、何度も言いますが――」
「総隊長殿」

 振り向けば、レンガ色の髪を揺らしたオリヴィエが涼しい顔でこちらへと向かってきていた。右の眦から走る傷跡がより彼の男らしさを上げており、がっしりとした体格はいかにも頼りになる男といったところか。
 見た目だけを重視するならば、オリヴィエの方がよほど王都騎士団総隊長の肩書きが相応しいだろう。しかし、もしそのことを彼の前で言ったならば静かな雷が落とされる。
 彼は総隊長殿至上主義者と陰で呼ばれ、エルクディアを崇め奉らん勢いで尊敬しているのである。
 年はエルクディアの方が下だが、実力重視の世界ではそれも関係なく、オリヴィエの従順さは周りが驚くほどのものだ。

「どうした、オリヴィエ」
「第五図書室にて陛下がお呼びです。なお、すべての宝物庫、武器庫への警備の配置終了しました」
「ご苦労。悪いな、ならここは頼んだ」
「御意」

 片手を胸の前に当て、深く礼をしたオリヴィエの脇を通ろうとしたそのとき、きゃんきゃんと騒ぎ立てるロジーナを尻目に彼は小さな囁きをその耳に掬い取った。
 驚いてちらと視線を下げれば、琥珀色の瞳がいつもと変わらぬ真面目そうな光を放って見上げてくる。
 確かにその薄い唇は、「本当にお待ちなのはライナ神官です」と紡ぎだしていた。

 青年王の呼び出しとあれば、いくら貴族としての地位は高いロジーナでもエルクディアを繋ぎとめることはできない。だからこそ、オリヴィエは気を利かせて嘘をついたのだろう。
 だがエルクディアは、感謝よりも先に驚いた。



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