4 [ 129/184 ]

「貴方には、伝えない方がよかったのかもしれませんねぇ」

 イセを含む特殊飛行部の全艦長には、皆等しく全貌を明かしていた。緑のゆりかご計画が企てられていることも、それをこうして土壇場で阻止するということも、すべて。
 緑花院からこの計画を投げかけられたとき、おぞましい「英雄」に選ばれていたのはヒュウガ隊そのものだった。誤算だったのは若い幹部候補生二人が暴走したことだったが、通常ならば懲戒免職ものの暴走も、今回ばかりは帳消しになる。当初の予定通り、あくまで「ヒュウガ隊」としてカウントされるからだ。彼らにとっては、逆にこの計画に救われたようなものだ。
 空軍の立場が向上するなら、多少の人道を欠いた計画も飲み下す腹だった。だが、蓋を開けてみればどうだ。優秀な特殊飛行部の一隊を犠牲にし、稀代の天才科学者を廃した挙句、空軍を足掛かりに王家を排斥しようとするではないか。
 ビリジアンと手を組んで二大国家を創り上げようとする大胆な動きには素直に感心するが、その裏が大変よろしくない。血縁を理由に、ヤマトを――空軍を利用する気でいるのは見え見えだ。分かっていてあえてトカゲの尻尾になってやる気などは、どうひり出しても微塵も持ち合わせていない。
 たとえ緑花院を敵に回そうとも、ハインケルを守り抜きさえすれば、いつか彼らは空軍の足元に跪く。
 なにかと煩わしい緑花院を叩き潰すにはうってつけの機会だった。忌々しいこの計画は、テールベルト空軍にとって、奇貨と呼ぶにふさわしいものだったのだ。
 ――最初から、すべて叩き潰す予定だった。特殊飛行部を率いる艦長達にだけはそのすべてを知らせたが、どうやらイセには酷な話だったらしい。
 ソウヤの動きは、――有り体に言えば、無駄だった。彼が動かずともヒュウガ隊は救えたし、他プレートの一国が滅びることはなかった。王家の地位は落ちるどころか高まる予定だった。動いたところで、彼は自らの首を絞めるだけだ。
 それを知った上で、羽ばたく部下を止めきれなかったイセは、今なにを思うのだろう。

「ソウヤ一尉の重大な命令違反は、変えようのない事実です。それは理解できますね?」
「……ええ」
「貴方の指導力不足が原因であると、はっきりと言いましょう。管理責任を……と言いたいところですが、今後のことを考えると、それはそれでややこしい話になってきますので目を瞑るとして」

 キャンドルの炎が揺れる。イセはこちらを見ようともしない。ヤマトの涼しい視線だけを受け止めながら、ムサシは静かに微笑んだ。
 鷲は蛇を食らう。
 しかし、蛇は鷲の愛子を食らうのだ。

「言ったでしょう、空軍は王族という駒を手に入れた。ソウヤくんは、その王族専用艦にて飛び立ちました。――できる限りの温情はかけましょう。仲間を思う彼の心と、失うと知りつつ声を飲み、耐え忍んだ貴方に免じて」


* * *



 火災警報装置が鳴り響く。絶え間なく聞こえてくる阿鼻叫喚の渦の中、逃げ惑う人々の波を掻き分けて、ドルニエは温室を目指していた。遠くからは感染者の唸り声が響く。あっという間にこの研究所は地獄へ変わるだろう。
 焦げ臭いにおいと煙の充満する廊下を突き進み、やっとの思いで温室へ飛び込んだ。途端に灼熱の炎が牙を剥き、放たれた熱風がドルニエの頬を舐める。
 スプリンクラーは作動している。それでも消火は追いつかない。一緒に飛び込んできた防衛員達が、抱えてきた消火器を炎に向けた。
 降りそそぐ水の音、消火剤の音、そして人々の喧騒。燃え盛る炎が植物を呑み込んでいく。
 その逆光に照らされて、長躯の影が揺れた。煤けた白衣が熱風に揺れる。炎を受けて赤銅色に輝く癖の強い金髪は、ドルニエのものとよく似ていた。
 吐き気がするほど憎い男が、そこにいる。

「あーら、随分派手にやってくれたじゃない。どういうつもり? 焼いちゃえば終わると思ったワケ? だとしたらざーんねん! ここはほんの一部よ。サンプルなら他にもあるわ」
「なら、どうしてそんなに慌てて来たの?」

 ぷるぷる震えてばかりの、まるで臆病な羊のようなハインケル。そのくせ、あの男は常軌を逸した策を生む。記憶にあるよりもずっと高くなった背を見上げ、ドルニエは唇を噛んだ。
 ガシャン。大仰な音がしたと思ったら、ハインケルが火器を捨てた音だった。その代わりに、彼は足元からなにかを拾い上げた。――割れたガラスだ。周囲の防衛員達が途端に警戒の色を濃くし、銃を構える。けれどハインケルは怯えない。震えることなく、まっすぐにドルニエを見つめてくる。
 ハインケルの後ろで、炎が吠えた。

「こんなサンプル、必要ないことくらい分かってる。きみが心配だったのは、この僕だよね」
「はあ!? アンタなに言ってんの!? 思い上がってんじゃないわよ、言ったでしょう! アンタなんかどうでもいいって!」
「本気でそう思ってるなら、きみは研究者には向いてない」

 困ったように笑ったハインケルに、苛立ちが募る。
 なにを、――なにを、勝手なことを。
 緑が燃える。しかしそんなことはどうでもいい。失ってはいけないものは、これとは別にあるのだから。
 何度目か分からぬ小さな爆発のあと、ハインケルが苦しげに胸を押さえた。それもそうだろう。彼は無理やり核を抑え込んでいる。身体を元に戻したということは、いつあの核が防護壁を突き破って彼を支配するか分からない。

「なによ! 虚勢張っちゃって、臆病なアンタには似合わないわよ!」
「そうだね。きみが言うように、僕は臆病なんだ。死ぬのは怖い。殺されるのはもっと怖い。……だから、殺されないための布石くらい、用意してる」

 そう言って突き出された手のひらには、遠目に見ても葉脈が浮かんでいるのが分かった。ギリギリのところで抑え込んでいるのだろう。あとほんの僅かなきっかけで、ハインケルは感染し、発症する。


[*prev] [next#]
しおりを挟む

back
top

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -