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「カガ隊は優秀ですからねぇ。なんたって空軍のアイドルと名高いハルナくんに、かつてのヒーローであるカガ艦長と、メディア受けする二人が揃い踏みですから。他プレートの危機を救う英雄にはもってこいの隊です」
「……ええ」
「ヒュウガ隊も無事に救出してくださったようですし、あとは彼らの頑張り次第。まあ、彼らなら上手くやってくれることでしょう」

 組み替えた足の上に頬杖をつき、ムサシはにこりと微笑んでみせた。
 キャンドルの炎に照らされたイセの双眸が細められ、その眉間に深い皺が刻まれる。冷静そうに見えて、彼は意外と顔に出る。冷たく感じられるのは、そうあろうと彼自身が己を戒めているせいだろう。
 だから、手元に残したのだ。
 イセ隊を帰還させ、カガ隊を残し、動かした。その采配にミスはなかったと早くも実感している。その証拠が現状だ。

「緑花院のお偉方は、今頃会議に会議を重ねておられるようですが、ここまで来たらもうどうしようもありません。ハインケルくんだけでは飽き足らず、マミヤくんにまで手を出したのが運の尽きでしたね」

 正直に言えば、マミヤがここまで動いたのは予想外だった。いくら広い視野を持つムサシと言えど、さすがにすべての隊員の性格までは把握しきれていない。
 だが、おかげで動きやすくなったのも事実だ。

「でも、確かにソウヤくんをここで失うのは、こちらとして惜しいですねぇ。とーっても優秀なパイロットでしたのに、残念です」
「……ムサシ司令」
「むーりでーすよー。いくらなんでも庇いきれません。それになにより、彼の“一尉”という立場は、すこーし都合が良すぎます」
「ですが、あれを失うことは主戦力を失うことと同義です。空軍にとっても大きな痛手かと存じます」
「では、不正に王族専用艦を発艦させた責任は、どなたが取りますか?」

 一隊員が個人の意思で不正に入手したコードを利用し、非常時でなければ日の目を見ることなどない王族専用艦を出した。イセ隊には待機が命じられている。勝手な行動は許されるはずもない。彼が犯した命令違反という事実は、どう足掻いても覆らない。
 さらに彼は空渡の際に、夜番の隊員を昏倒させている。隊員に大きな怪我はないが、お咎めなしで済ますにはあまりの出来事だ。

「“ヒュウガ隊は元々、あのプレートに派遣されていました”。そうですよね? ――答えなさい、イセ艦長」
「――はい。仰る通りです」
「はい、結構。つまり、あの艦にはソウヤくんしか乗っていなかったわけです。外部協力者の存在があったとはいえ、やはりさすがですね〜。イセ隊のエースはレベルが違います」

 ヒュウガ隊のナガトとアカギの二名だけが空渡したという事実は、軍内では最初から公然の秘密となっている。ヒュウガ隊は全員があのプレートに渡っていた。
 それが空軍が示すべき、新しい事実だ。それを今さら覆すつもりは、ムサシにはさらさらない。
 イセも分かっているのだろう。分かっていてもなお、彼はこうして嘆願しに来たのだ。

「彼のおかげで、カガ隊はどこからも責められる謂れはなくなりました。ひいてはこの空軍の立場を守ることにも繋がります。おいたは過ぎますが、今回ばかりは褒めてあげたくなりますねぇ」

 カガ隊には、探られて痛い腹を作るわけにはいかなかった。彼らには英雄になってもらわなければならない。
 ――緑のゆりかご計画などという非道極まりない計画を阻止し、他プレートを救った英雄として。
 緑のゆりかご計画によって、ヒュウガ隊の派遣された地域には、意図的に白の汚染が拡大した。核は一ヶ所に集結し、ゆりかごを求めてさまよう。計画を阻止すべく奮闘するヒュウガ隊の救出と応援を任されたのが、彼らカガ隊というわけだ。
 ハインケルを助け出し、ジグダ燃料爆弾を解除する。そして集まった寄生体を完全駆除し、テールベルトに帰還する。それが、テールベルト空軍が描いたシナリオだ。
 世間の目は、緑花院と暴走したソウヤに向くだろう。

「すべてをソウヤ一尉に背負わせるというのは、無理がありましょう。確実に嗅ぎつけられます」
「報道の皆さんには、それよりもっと大きな餌を差し上げましょう。まずは緑花院の総入れ替えでしょうか。世間はこぞって彼らを責めるでしょうからねぇ。その傍らで、カガ隊が称賛される。その熱が冷めてきたとしても、うちにはマミヤくんがいますから」

 緑花院への激化する報道が落ち着き、空軍に目を向ける余裕が生まれたとしても、その頃にはもう、彼らは手を出せない。空軍はすでに、テールベルトが誇る崇高な緑の駒を手に入れている。
 緑花院の陰謀が暴かれるまで、あともうじきだ。そうなれば、テールベルトにおいて緑花院の地位は地に落ちる。王家撤廃派の人間の大多数が政界から去り、相対的に王家の力が高まるだろう。そうなったこの国で、マミヤを擁する空軍が王族経由でなにもしないはずがない。
 彼女は自ら血を示した。利用しない手はない。
 それになにより、彼女とはそういう契約だ。
 王族専用艦を出してソウヤらを派遣することを許可する代わりに、空軍を守るために名を借りる。マミヤはそれを是とした。
 王族として利用されることに嘆いた上での行動で、彼女は結局、王族としての立場を取引の材料に使うしかなかったのだ。可哀想に。同情の代わりに苦笑が漏れる。

「……ソウヤ一尉が空渡の際、緑場を開いたのはムサシ司令、あなたではありませんか?」
「おやおや、いきなりなにを言い出すんですか。あれは開発部のイブキ一曹が協力してたって話じゃないですか」
「緑場の開放は、空渡観察官でなければ不可能でしょう。元空渡観察官のあなたなら可能なはずです」
「違いますよー? でも本当に不思議ですよねぇ。なーんでできちゃったんでしょうね!」
「ムサシ司令!」
「――己が本分を忘れるな、イセ一佐」

 声を荒げたイセを制したのは、それまで沈黙を守っていたヤマトだった。夜の闇をそのまま流し込んだような漆黒の双眸が、冷ややかにイセを見つめる。
 強く拳を握り締めたイセは、肺が空になるまで深い溜息を吐いて俯いた。どれほどやるせない気持ちでいるのか、想像することはできるが理解はできない。


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