▼包帯とベッリーナ
油断していた。
ちょうど仕事にも慣れてきて自分のスタンド能力に頼り切っていた事を痛感する。現に腹部にはナイフが突き立てられていてジクジクと痛む。抜けば血が噴き出るだろう。額に脂汗を滲ませながら壁つたいに進んだ。高いヒールに脚が縺れ、その場に崩れるようにしゃがみ込む。もう自力で立てそうになかった。
「派手にやられたな、signorina.」
カツン、と革靴の音がして聞き慣れた声に顔を上げれば悪魔のように美しい男が立っていた。
「……プロシュート……」
「刺されたのは腹か?」
「……Sì.」
「手を退かせ。ナイフを固定する」
プロシュートは脱いだジャケットをアデレードの肩にかけると、首に巻いているスカーフを外して刺された腹に当てる。
「少しだけ我慢しろ」
アデレードを横抱きにして抱えるとプロシュートが外まで歩き、停めてあった車にアデレードを乗せた。
「寝るなよ」
「痛くて眠れないわよ」
「それでいい」
そうしてやって来たのはとある別荘だった。
プロシュートに聞けばここに組織が贔屓にしている医者がいると言う。つまりはモグリの医者だ。
医者はアデレードの想像していたよりもずっと年上の、女性だった。彼女の処置は大胆にも的確でアデレードの傷は縫合され包帯を巻かれて終わった。
消毒液と化膿止めを用意すると言って出ていった医者と入れ違いにプロシュートが処置室に入ってくる。ベッド横の椅子に座ると、ちらりとアデレードの腹部に巻かれた真新しい包帯を見た。
「内臓は外れていたらしいな。運が良い」
「……叱らないの?」
「ん?」
「油断してた事」
「オンブラが解ってるならそれでいい。わざわざオレが言う事もねぇだろ」
アデレードの腹の上に置かれた手にプロシュートが手を重ねる。
「オンブラが……アデレードが無事で良かった」
「……プロシュート……?」
彼がそういう事を言うのは珍しい。今のように青い目を揺らせながら見つめてくる事も。
プロシュートに拾われギャングとなり彼の指導の元成長を続ける中、アデレードがプロシュートに想いを寄せるのに時間はそう掛からなかった。だがその想いは胸に秘めたまま打ち明けるつもりもない。
しかしプロシュートに今のようにされてはつい溢れてしまいそうになる。重なった手からアデレードが手を引き抜いた。
アデレードの行動にプロシュートもサッと手を引っ込めると、立ち上がって部屋を出ていく。
傷も恋心も全部包帯で隠して、気付かれる前にいつの間にか消えてしまえばいいのに。そんな考えがふと頭を過る。
「……らしくねぇな」
「馬鹿ね」
独りぽつりと呟いた言葉をお互い知らない。
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