▼ミステリーとベッリーナ
アジトにはブチャラティとアデレードがアバッキオたちの帰りを待っていた。
ブチャラティはソファで本を読んでいたが、アデレードはバーカウンターのスツールに座ってクロスワードパズルを解いている。
誰かが持ってきた雑誌か新聞かに掲載されていたそれはブチャラティの記憶が正しければ景品の応募期間などとっくに過ぎているものだが、アデレードにしてみれば景品など目当てではないのだろう。
「ねぇ、ブチャラティ。ナポリ出身で、サッカー選手の兄弟って誰だか解る?」
「……カンナヴァーロ」
「……c,a,n,n,a,v,a,r,o……ああ、それだわ」
アデレードは振り向きもせずにブチャラティの回答をマスに埋めている。カリカリとボールペンが紙を滑っていく音が響いた。
ブチャラティは本から目線を上げて、彼女の後ろ姿を見つめる。後ろ姿も良いが、顔を見たいと思っていたブチャラティは漸く本を閉じて立ち上がると、アデレードの傍へ行った。
「本は読み終わったの?」
「そんなに熱中するほど、君の関心を惹くものが気になって本なんか読んでいられねぇ」
「あら、じゃあ一緒にやる?」
「俺の事は見てくれないのか」
「これが終わったらね」
「Va bene.」
アデレードの隣のスツールに腰を掛けて、横からクロスワードパズルを覗く。
問題を見たブチャラティが早速アデレードに尋ねた。
「C6?ってどういう意味だ?」
「Ci sei?って事よ。メールとかオンラインとかで使うスラングね」
「Vedo.」
6はイタリア語でseiと言う。同じ綴なので略するのに適しているのだろう。そう言えばミスタやナランチャからのメールで見たことがあったかもしれない。あれはそういう意味だったのか、とブチャラティは理解した。
次の問題には、ミラノの菓子店の名前。ヒント、マロングラッセが有名、とある。こちらもブチャラティにはさっぱり解らない。
「?何だ?」
「ジョヴァンニ・ガッリ、よ」
アデレードが答えて、スラスラとマスを埋めた。giovannigalliと書かれた字を見ながらブチャラティは尋ねる。
「店に行った事が?」
「No.前にプレゼントで貰ったの」
「……誰から?」
「そんなのいちいち覚えてないわ」
「マロングラッセは覚えているのにか?」
「……なぁに?尋問でもしてるの?何の権利があって?」
ブチャラティの質問にアデレードはペンを置いて彼を見た。宝石のように輝く二層の眼がいつもより不機嫌そうに細められるのに気付いて、ブチャラティはまずいと思った。
「すまない。怒らないでほしい。謎いっぱいなアデレードの事が気になって仕方ねぇんだ」
「女の謎は魅力と比例するのよ」
ブチャラティが素直に謝り気持ちを打ち明ければ、アデレードの表情から不機嫌さはすぐに消える。一瞬驚いた顔をしたがすぐにいつもの微笑みを浮かべた。
クロスワードのマスは全て埋まり、あとは答えを出すのみとなっている。
「謎を解き明かしてもいいかい?」
「あなたになら特別に教えてあげてもいいわ」
重ねた手は振り払われなかった。
触れ合う直前にアデレードが呟いた言葉がクロスワードの答えだと言う事に気付いたのは、ブチャラティの口唇にアデレードのリップが移ってからだった。
「Chi dice donna dice danno.」
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