▼58:デュオとベッリーナ@
時間はプロシュートがアデレードの着替えを持ってブチャラティたちと接触したところまで遡る。
アデレードたちのいるレストランの旗が辛うじて見えるほど離れたホテルの屋上にソルベとジェラートはいた。
ソルベは地面に敷いた布の上に愛用している狙撃銃を置いて俯せになり、ジェラートは屋上の縁に腰を下ろして双眼鏡を覗いてアデレードたちのいるレストランを見ている。
荷物を渡したプロシュートが不機嫌そうに去っていくのを組んでいた足をブラブラとさせながらジェラートはレンズ越しに覗いた。
「プロシュートってばオンブラに執着し過ぎだね。追いかけたら逃げたくなるのが女なのに」
「逃げると追いかけたくなるのが男だ」
「違いないね」
からからと笑うジェラートに口角を上げただけのソルベが尋ねる。
「仕込んできたか?」
「バッチリ!作戦どおりにね。確かにプロシュートを介してオンブラへの差し入れの中に仕込んで来たよ。オレのスタンド、レディオヘッドをね……」
ジェラートの指先には極小の虫がうじゃうじゃと夥しい数群がっていて、それはひとつひとつをよく見てみるとアンテナのような形していた。虫の肢には導波器のようなものが巻かれている。
アンテナ虫はぞろぞろとジェラートの指や肩に乗っていて、それらは次々と足元にあるラジオの中から出て来た。
ジェラートが木製のアンティーク風のラジオのボタンをオフからオンへ捻ると、ザリザリと砂を撫でるような音がしてチューニングが合っていく。
ジェラートのスタンドはこのラジオとアンテナ虫の2つセットで使う。アンテナ虫は電波を介して移動し離れた場所の様子や人の声などをラジオで聴くことが出来る。
ジェラートには黙っているが、群集型のアンテナ虫がうぞうぞと動いている様にソルベはいつも背中がぞわぞわするのだった。
鼻唄を歌いながら双眼鏡でアデレードを覗いているジェラートの隣でソルベは愛用しているスナイパーライフルのスコープを覗く。
「……攻撃されている。……ボスの親衛隊なんてそんなものよくやっていられるよね」
「給料が良いんだろう。ひとり、舌を食い千切られているな。どうする?」
「え〜?オレ、アイツのこと知らないもん。オンブラと娘が無事ならそれで良い」
「だな。これくらいどうにか出来ないんじゃあ到底ボスなんか倒せっこねぇな」
ラジオから聞こえてくるナランチャたちの声にジェラートとソルベは興味なしと言った風に肩を竦めた。
ジェラートがレディオヘッドを撤収させようとしたその瞬間、ラジオから聞こえた言葉に動きをピタリと止める。
「待って。何だか面白いことになってるね?」
あべこべな事を言うナランチャの言葉にジェラートは笑う。
「コイツってば普段からこんなバカなんじゃあないよね?」
「もう少し様子を見るか」
スコープを覗くソルベの目の前を左手が隠している。ソルベ本人の手でもジェラートの手でもない。ソルベの右眼を隠す手のひらにはスコープのような眼がついていて、ギョロギョロと動いている。
引き金にかかる手にももう片方の右手が重なっていて、こちらは手の甲に裂けたような口がついていた。
“Shoot down the fucking man's head quickly!”
ざらついた声で騒ぎ立てるこの右手がソルベには煩わしくて仕方ない。ソルベ本人は寡黙でありながらもそのスタンドはお喋りで下品な異国の言葉で喋り、その言語を用いて自分の意思とは関係なしにジェラートと会話するのでやはり面白くない。
ソルベのスタンド、ナイン・インチ・ネイルズはこの奇妙な両手であり、身体や頭部は持たない。
左手のスコープはどんなに離れたターゲットも見逃さず確実に照準を合わせ、右手は素早く引き金を引く。
ソルベはスタンドの左手越しにスコープを覗いた。アデレードたちがいるレストランと運河を挟んで対岸に建つホテルのベランダに男が二人いるのが見える。
寄り添ってレストランの方をじっと見つめているのを見れば、彼らがアデレードたちを追っているボスの親衛隊だと言うことも解った。
「ジェラート、2時の方向だ」
ソルベの言葉にジェラートが言われた方向に双眼鏡を向ける。二人組を見つけるとニヤリと笑って言った。
「へぇ〜……あれが親衛隊の奴らねぇ……」
「一人ずつ消していく作戦か」
「撤収する場合じゃあないな、ソルベ」
「そうだな、ジェラート」
チラリと横目で視線を合わせた二人は新しい玩具を見つけた子供のような笑顔で親衛隊の男たちがいる方向へ身体を向ける。
「オレのレディオヘッドをあっちまで飛ばすぜ」
「ああ」
ジェラートがアンテナ虫をホテルの電話機に侵入させた。親衛隊の二人のいるホテルにも同じように電話機は置いてある筈だ。そこまで飛ばせば彼らの話はラジオから聞こえてくる。
「……それにしてもさー、アイツらなんであんなにくっついてる訳?」
「デキてんじゃあないか?」
「しょーもねぇ」
「イルーゾォのがうつったかもな」
彼らを知る者たちが今の会話を聞けば、同属嫌悪だとはっきり解るが、ここには二人以外いない。たとえいた所でも本人たちにはそう伝えられはしなかっただろう。
ソルベとジェラートの関係性は未だに謎である。
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