▼リップスティックとベッリーナ

リゾットへの簡単な報告を済ませるとプロシュートはアジトのリビングからベランダへ出た。
陽当たりの悪いベランダに凭れながら、慣れた手つきで煙草を咥えポケットの中にあるライターを探る。
ポケットの中で指先を掠めたものはライターではないのはプロシュートが一番よく解っていた。
忘れていたのに触れてしまった為に取り出さない訳にはいかなくなったそれはリップスティックだった。
ARMANIの真っ赤なルージュはかつての恋人だったアデレードの為にプロシュートが持ち歩いていたものだ。

「口唇は女の象徴だ」

そう言ってはアデレードに何度もこのリップスティックを渡したし直接塗ってやったこともある。
プロシュートはアデレードの形のよい口唇に乗る紅が少しでもよれていることを許さなかった。自分の恋人である為に完璧さを求めたしアデレードの口唇に触れられるのは自分だけだという優越感もあった。
だがアデレードとの関係は2年足らずで終わり、柄にもなくプロシュートの方にだけ未練が残っている。
こうしてポケットにいつまでも使い手のいないリップスティックを持ち歩いているなんてアデレードが知ったらどう思うかと想像すれば彼女の美しい銀髪が脳裏で風になびいた。

「捨てちゃいなさいよ、そんなもの。もう私には必要ないわ」

アデレードのそんな声が今にも聞こえてきそうだった。
ずっと隣を歩きたいと思っていたアデレードはもういない。
そして恐らくもう二度とアデレードがプロシュートの隣を歩くことはない。
アデレードをそういう女にしたのはプロシュートだからこそ解る。解っていながらも後ろ髪を引かれるのはアデレードがギャングとしても恋人としてもあまりにも上手く出来すぎたせいでもある。
マエストロの称号を戴くリップスティックを塗っていたアデレードは本物の女王になっていた。
女王には誰も逆らえない。惚れた男など尚更である。

「もうお前の出番はねぇな、マエストロ」

プロシュートは持っていたリップスティックをベランダから投げ捨てた。赤いリップスティックが放物線を描いてゆっくりと落下する。
改めてライターを取り出して煙草に火を点けた。
どこからかレディオヘッドのクリープが流れてくる。燻らせた紫煙が目に染みてプロシュートの頬を濡らした事は誰も知らない。




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