▼ナターレとベッリーナ
「Ciao!ブチャラティ、少し手を貸してくれないかしら」
「Certo che puoi」
「これを運んでくれる?」
「沢山買い込んだな」
「ナターレですもの。ツリーは出しておいてくれた?」
「ああ」
「Bene.あまり使われてないのね」
「買った年に使ったキリだ。男だらけのアジトにツリーを飾っても虚しいだろ」
「それもそうね」
12月8日。ここイタリアではクリスマスツリーを出す日だ。
ネアポリスの一角に構えるブチャラティチームのアジトでも今年ばかりは通例に則ってツリーを出した。
発案がアデレードとなれば、誰も反対する者などいない。
任務の合間を縫ってブチャラティがアジトにツリーを出し、アデレードはマーケットにツリー用のオーナメントを買いに行ってきたところだ。
買い物バッグから次々と箱を出しては開ける。
アデレードのヘリオトロープの瞳にオーナメントの色が光となって映り込む。
ブチャラティはそれを見てどんなイルミネーションよりも美しいと思った。
「綺麗だな」
「そうね。早速飾りつけましょう」
アデレードは頷くと、青い球体のオーナメントを手にとってツリーへと向いてしまう。
ブチャラティの賛辞は果たして彼女に届いたのかどうか、改めて伝え直したところで彼女の答えは変わらないのだから意味を為さない。
ブチャラティもチェーンのように連なった白いビーズをツリーに巻き付けていく。
ツリーを中心に二人は付かず離れずぐるぐると回りながら飾りつけをしていった。
「……そういえばアデレードのナターレの予定は?」
ブチャラティは少しばかり職権濫用して、その日にはアデレードに仕事を入れていない。
特定の誰かと付き合わない彼女を誘えばきっと「Si.」と頷いてくれるに違いないのだ。
「24日の午前中ジョルノと映画を観に行くわ」
「……じゃあ、」
「プランツォはフーゴに誘われていて、3時にナランチャとナターレ限定のドルチェを食べに行くの」
「……」
「夜はプロシュートと待ち合わせて暗殺者チームとみんなで集まるわ」
「プロシュートとか?」
「みんなと、よ」
ツリーの葉の影から互いの視線と意図が交差する。
ブチャラティは自分に恋愛での嫉妬心など縁のないものだと思っていたが、アデレードに関するプロシュートに対してだけは夜よりも濃い影となってブチャラティの心にかかるのだ。
「25日はミスタと買い物をして、午後からはレオーネと二人で実家に顔を出してくるわ」
「アバッキオもか」
「帰ってくるならレオーネも連れてこいって叔父様に頼まれてるから責任重大よ」
「そりゃ重要な任務だな」
「ええ。でもノンナがパンドーロをデコレーションして待ってると言ってたから楽しみなの」
パンドーロとはクリスマスに食べる背の高い星形の黄金色のパンだ。
粉砂糖をふりかけてから縦にカットするのがシンプルな食べ方だが、横にスライスすると星形のスポンジケーキのようになる。それを重ねてクリームやフルーツでデコレーションするのだ。
普段チーム内で家族の話などしない。
大抵のものが思い出すには辛い出来事があるからだが、アデレードにとっては直接家族との因縁はないらしい。
ノンナ、と言った時のアデレードの表情がそれを裏付ける。
「家族との団欒を楽しんでくるといい」
「Grazie.だからさっきあなたがした質問の答えなら25日の夜なら空いてるわ」
「え……?」
ブチャラティが立ち止まりアデレードを見た。アデレードは相変わらずオーナメントを飾りつけながらツリーの周りを歩いて、ブチャラティの隣に立った。
最後に取り付けたキャンディーケインが微かにまだ揺れている。
「中々誘ってくれないから何の為に私を休みにしたのかと思ったわ」
「勿論君を誘うつもりだったんだが、まさかここまで出遅れていたとはな」
苦笑するブチャラティに反比例してアデレードは楽しそうにクスクスと笑う。
「25日の夜、空いていると言ったが……良いのか?家族と過ごすんだろう?」
「あなたが誘ってくれるのなら戻ってくるわ。ノンナもマードレも許してくれるわ。パードレは……どうかしら」
「脅かさないでくれ」
「ふふふ、冗談よ」
「それじゃあ、アデレードの25日の夜を俺にくれないか」
「Si.」
やっと望んでいた返事が聞けてブチャラティはほっとした。
アデレードはそう微笑むとブチャラティの頬にキスをして、彼にツリーの頂上に付ける大きい星を渡す。
「最後の星はあなたにあげるわ。ラストが肝心よ、何事もね」
全く敵わないな。
明滅するツリーの電飾に照らされて微笑むアデレードを見て、ブチャラティは思った。
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