▼21:深夜の暗殺者チームとベッリーナ

アジトの狭いキッチンにアデレードが立っていると、気配を消したソルベとジェラートがアデレードの両肩にそれぞれ顎を乗せた。

「夕飯なら食べただろう」

「夜食なら分けてくれ」

「違うわ。明日帰るから作りおきよ」

「帰るのか」

「まだいればいいのに」

「くすぐったいわ」

肩口に顔を埋める二人にアデレードは身を捩るが、両側から二人に腰を抱かれていて振り切れない。

「何作ってるんだ?」

「カチャトーラだろ?」

「ジェラート、Giusto(正解)

「カチャトーラなら入れるのは赤ワインだろ」

「アデレードのカチャトーラはプロシュートに合わせて白ワインを入れるんだよ」

「……ジェラートってばお喋りね」

「そこもGiusto(ピンポーン)!って言ってくれよ」

ジェラートの言うとおり、北イタリア生まれのプロシュートに合わせて白ワインを用いるのは彼と恋人だったころの名残だった。

「……赤に変える?」

「美味けりゃどちらでもいい」

「アデレードの料理ならね」

ソルベとジェラートは空いている白ワインのボトルを持ってキッチンを出ていく。
これで赤に変えなくてはならなくなったが、酒瓶しか並んでいない棚を見ても珍しく赤ワインがない。ホルマジオ辺り隠し持ってないか聞いてみようと手を洗ってキッチンを出るところで、プロシュートがキッチンに入ってきた。

「ジェラートが持っていってやれって」

そう言ってまだ封を空けていない赤ワインのボトルをキャビネットの上に置くと、プロシュートはそのまま出ていこうとする。
アデレードがラベルを見ればそれはプロシュートのとっておきのワインに違いなく、料理に入れるには勿体なさ過ぎる品だった。

「こんなに良いワインをいいの?」

「構わねぇ。どうせお前と呑むために買ったんだ。お前の好きにしていい」

「……なら、一杯付き合って」

アデレードはワインの封を開けると、ワイングラスに注ぐ。
それを見ていたプロシュートがちらりと鍋を見た。

「それは?」

「あとは煮込むだけだから大丈夫よ」

赤ワインを鍋にも入れると、アデレードはワイングラスをひとつプロシュートに渡す。

「Salute.」

「Salute.」

グラスを掲げるだけの乾杯をして互いに一口ずつ呑んだ。

「美味しい」

「気に入ったか?」

「ええ。プロシュートが選んだだけあるわ」

「……そうでもねぇさ。アデレードに贈るものはいつだって喜ぶ顔を見るまでは安心できねぇ」

「他人には自信を持てって言うのにあなたらしくないわね」

「好きな女の前では俺もただの男だったってことだ。……なぁ、アデレード。カチャトーラだが、本当のレシピはどっちを入れるんだ?」

「本当のレシピ?」

「アデレードの家では赤か白か。どっちを入れてたんだ?」

「……Rosso().」

「そうか……。ならそれはアデレードの家庭の味になるんだな。食べるのを楽しみにしておく」

鍋が沸々と小さく音を立てている。
プロシュートはワインを飲み干して空のグラスをシンクへ置き、姿を翻した。
その背中をアデレードが呼び止める。

「プロシュート──Grazie.」

「……Prego.」

ワインだけでなくこれまでのことも含めてお礼を言えば、アデレードの気持ちを察したプロシュートは肩越しに振り向いて微笑んだ。その横顔が少し寂しげだったことにアデレードは気付くもこれ以上何も言えない。
彼の矜持を不必要に傷つけたくなかった。
アデレードは静かにことことと煮込まれていく鍋の火を消した。




片付けを済ませたアデレードは就寝の為にイルーゾォを探したが、鏡をノックしても彼は姿を見せない。
仕事からは戻ってきている筈だ。リゾットに確認してみようと、彼の部屋のドアをノックする。

「どうした?」

「イルーゾォを知らない?寝ようと思って呼んだのだけれど居ないみたいなの」

「……イルーゾォと寝るのか?」

「違うわ。鏡の中に入れてもらおうと思って……知っててからかってるわね?」

「夜に部屋に来てくれたと思ったら他の男の名前が出たからつい」

「チームメイトじゃないの」

「それでもだ。イルーゾォならホルマジオと出掛けた」

「あら、そうなの?じゃあこっちで寝るわ」

「俺の部屋でか。勿論いいぞ」

「違うわ。……リゾット、寝不足?」

「寝不足で誘ったりしない」

「そういう気分じゃあないの」

「何かあるのか?」

「ナイショ」

「ミステリアスなアデレードにも惹かれるが、そんな泣きそうな顔で言われると放っておけなくなる」

「見なかったことにして。もう寝るわ」

ドアから離れようとするアデレードの手をリゾットが握った。
俯いたアデレードの表情は髪の毛に覆われてよく見えない。

「アデレード、泣くならここで泣け」

「ダメ。嫌」

「さっきの誘いは取り下げる。だからひとりで夜を過ごすな」

「ダメよ、リゾット。慰めようとしないで。優しくおやすみって言ってくれるだけでいいのよ」

「アデレード」

「お願い」

アデレードに懇願されて断れるリゾットではない。リゾットは掴んだ手でアデレードを引き寄せるとそのまま抱き締めた。
アデレードの柔らかな銀髪がリゾットの頬に触れる。リゾットはすり寄るようにアデレードの耳元で、出来る限り優しい声で言った。

「……Mio tesoro.」

リゾットの囁きにアデレードは彼の背中に手を回す。
このまま剃刀を埋め込まれても構わない気がした。だが悪夢を食べてしまうかのようにリゾットはアデレードの額にキスを落とす。

「Buona notte, sogni d'oro.」

彼ほど能力は暗殺者に向いていながら優しすぎる性格が不向きな男はいないとアデレードは思った。




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