▼22:ズッケェロ&サーレーとベッリーナ
「それじゃあ、行くわ」
「寂しくなる」
「いつでも来てあげる」
「そうだと嬉しい」
リゾットは大きな身体を丸めてアデレードを抱き締める。肩口に鼻先を埋めてすがるように回した腕に力を込めれば、やはりアデレードはいつも通りに困りながらも笑った。
「……おい、リゾット」
奥からやって来たプロシュートはアデレードとリゾットが抱き合っていることを見て一瞬躊躇ったが、半ば意地で声を掛ける。
「なんだ?仕事の話か?」
「それなら私はもう行くわね」
「いや。アデレードも聞いておいた方がいい。訃報だ」
「……話せ」
「ポルポが死んだ」
「後釜は誰が引き継ぐか、か」
「ああ。寧ろ本題はこっちだ。ポルポの野郎、隠し財産があるとかで噂になってやがる。後釜を引き継ぐのはその金を手に入れる野郎だ」
「ポルポは慎重な男だった。ヤツに信頼されていた男と言えばひとりしかいない」
「……ブローノ・ブチャラティ……」
話を聞いていたアデレードが現チームリーダーの名前を呟くと、リゾットとプロシュートも小さく頷いた。
「仮に隠し財産の噂が真実で、ブチャラティがその在処を知っているのだとしたらすぐに動くだろう」
「だが既に噂になっている以上、一番狙われるのはブチャラティだ。誰だって出世してぇし金は欲しいからな」
「ブチャラティに伝えろ。葬儀には必ず参列しろとな」
「Si.……Grazie.」
アデレードは頷いて、アジトを出た。
ブチャラティたちのいるレストランまで向かう足が自然と早くなる。
YSLのロゴヒールのLの部分が石畳をコツコツと鳴らして歩くアデレードの背後でクラクションが響いた。
アデレードが振り返ると、一台の車が速度を落として近づいてくる。窓ガラス越しに見える二人組には見覚えがあった。
「Ciao,アデレード。今日もベッラだな」
「Ciao,サーレー。久しぶりね」
「急いでどこへ行く?送るぜ」
「Grazie.嬉しいわ」
助手席に座っているサーレーが立てた親指で後部座席を指す。アデレードは後ろのドアを開けて乗り込んだ。
「Ciao,ズッケェロ」
「Ciao.んで?どこへ行く?」
「リベッチオまで。その近くで下ろしてちょうだい」
「リベッチオ?ああ……今、ブチャラティチームにいるんだったな」
「Si.」
「暗殺者チームよりははるかにマシだ。だがよォ、どうせ来るならブチャラティのとこじゃあなくて俺たちのとこへ来ればもっと良かったな」
「命令には逆らえないでしょ」
「命令な……。そういやポルポの野郎、死んだらしいな。知ってるか?」
「Si.」
「自殺だってことも知ってるか?」
「No.あの部屋でどうやって自殺したの?」
「自分の口に拳銃突っ込んでbang!」
「本物の肉塊になったってワケだ」
「ハハハッ!違いねぇ」
サーレーが親指と人差し指でピストルの形を作って口に入れて身振り手振りで伝え、ズッケェロは皮肉を言う。
アデレードはあの監獄と呼ぶには快適すぎる部屋を思い浮かべた。
誰が銃を持ち込んだのか。本当にポルポは自殺だったのか。
そう考え込んでいると、黙っているアデレードに気付いてサーレーがミラー越しに視線を向ける。
「……アデレード、ポルポの隠し財産の噂ってもう聞いてるか?」
「少しだけ」
「何でも100億リラって話だぜ。組織にも預けられないほどヤバい金なのは違いねぇ」
「……それでよォ〜〜〜その在処を誰が知っているか?次に噂されてるのはそっちだ。……誰だと思う?」
「さぁ?そもそも隠し財産の話は確証がないでしょう」
「そりゃ在処を知ってるヤツに聞けば解ることだ」
「ブチャラティに聞いてみろよ、アデレード」
サーレーとズッケェロがニヤニヤ笑いながら言った。
始めから噂について探りを入れようとしていたことに気付いていたアデレードは黙って視線を窓の外へ向ける。
「……ズッケェロ、そこの角で下ろして」
「はいよ、女神様」
アデレードがリベッチオのある通りの角を示すと、ズッケェロは速度を落として停車した。
降車しようとするアデレードの背後から二人は声を掛ける。
「Grazie.」
「さっきの話、解ったら教えてくれよ」
「昔のよしみでよ、また仲良くやろうぜ」
「あら。私たち、オトモダチだったことあったかしら?」
「つれねぇなぁ」
「だがそこがベネ」
アデレードは笑い声を遮るようにドアを閉めると、車は早々に土埃を舞い上げて走り去った。
残された排気ガスの臭いに、アデレードは顔をしかめる。
ツンと鼻に残る独特の臭いは不穏な噂と混ざって少しだけ憂鬱にさせた。
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