▼20:昼中の暗殺者チームとベッリーナ
アデレードがリビングのソファに座って雑誌を読んでいると、ペッシが入ってきた。
きょろきょろと見回すペッシの視線がちらりとアデレードの隣を掠めたことに気付いて、アデレードは雑誌を閉じる。
「プロシュートならリゾットと打ち合わせよ」
「あっ、そうですか……」
「すぐには戻らないわ。……ねぇ、ペッシ。私とデートしましょ」
「えっ!?デ、デート!?」
「私とは嫌?」
「嫌だなんて、そんな訳……!で、でも、その、」
「プロシュートのことを気にしてるのならその必要はないわ。さっ!行きましょう」
アデレードは立ち上がってペッシの腕を取ると、そのまま引っ張るようにアジトを後にした。
近所のバールに入り、カウンターではなくテラスのテーブルに向かい合わせになってつく。
「まだエスプレッソは飲めないの?ペッシ」
「あ、はい……。すみません……」
「あら、どうして謝るの?」
「だ、だって。連れがミルクなんて飲んでたら格好つかねぇじゃねぇですか……」
「……それ、プロシュートが言ったの?」
アデレードの形の良い眉がぴくりと動いた。ペッシが黙って頷くとアデレードははぁと溜め息をついて、手を上げてウェイターを呼ぶ。
「ミルクを2つお願いするわ」
「畏まりました」
えっ!?と声を出したペッシにアデレードは微笑みかけて肩を竦めた。
「私も同じものを頼めば格好つかないなんてことないでしょ」
「そうかもしれねぇけど、アデレードさんに気を遣わせて情けねぇよ……」
「あのね、ペッシ。エスプレッソが飲めないからって何だって言うの?体質なんだもの、無理して飲むことないの。飲み物ひとつで格好つく、つかないなんて本当にあると思ってるの?」
「でも兄貴が……」
「今はプロシュートじゃあなくてあなたの話をしているのよ、ペッシ」
そこに注文したミルクが運ばれてくる。
タンブラーグラスに注がれたミルクの白とアデレードのネイルの赤の対比にペッシは目を奪われた。
「──他にも何か言われているの?プロシュートに」
「え?」
「ああしろこうしろ、こっちが良いそれは駄目だって、そういうことよ」
「でもそれはオイラがまだ頼りねぇからだし兄貴だって俺を一人前にしようと思って言ってくれてるから……」
「私の時もそうだったわ。そして私もペッシと同じ気持ちでプロシュートの期待に応えようと必死だったの……意外?」
ミルクを一口飲んで苦笑するアデレードにペッシは首を横に振る。
「私は必死になりすぎて駄目になっちゃった。ペッシにはそうなって欲しくないわ」
「……アデレードさんは駄目なんかじゃねぇじゃないですか。そりゃ、そりゃ兄貴とは別れたけど、お二人は俺にとって今でも最高にお似合いのお二人なんだよォ……」
「Grazie,ペッシ。もしプロシュートと恋人にならなかったらきっと今頃あなたの言うとおりまだ彼の隣に立ってたかもしれないわね。ふふ、皮肉ね」
「まだ兄貴のことを愛しているんですか?」
「でもこれは恋にはなれない愛よ。──プロシュートに、貴方がいなくても生きられるって、口にするのが怖かった。だってそれは彼の愛を否定することになるもの」
「それが別れた本当の理由ですかい?」
「ペッシはどっちがいけなかったと思う?呪いをかけたプロシュートか呪いにかかりきらなかった私か」
「呪いだなんて、そんなの……解らねぇよ……」
「そうね。私もよ」
アデレードはそれきり黙ってミルクを飲み干した。ペッシも同じように一気にミルクを飲む。空のグラスを握る指を無意識にそわそわと動かしていると、電話が鳴った。
ペッシがディスプレイを確認すると、プロシュートの名が表示されている。思わずアデレードを見ると察したのか、アデレードはどうぞ、と促した。
「Pronto?」
『今どこだ?』
「バールにいます」
『……誰とだ』
「あ、……アデレードさんとです」
『戻ってこれるか?』
「はい!すぐに戻ります!」
そう言って電話を切ったペッシにアデレードは尋ねる。
「プロシュートから呼び出し?」
「はい!なんで、戻りましょ」
「仕事の話なら私がいたらまずいんじゃあない?少し時間ずらして戻るわ」
「で、でも」
「いいの。早く帰らないとプロシュートに叱られるわよ」
アデレードが促すと、ペッシは後ろを振り返りながらバールを後にした。
ひとり残ったアデレードが暫くひとりでぼんやりと物思いに耽っていると、突然クラクションを鳴らされる。
見れば、路肩に真っ赤なロードスターが停まっていた。
「Ciao,アデレード〜!」
助手席にいたメローネが手を振りながらアデレードを呼ぶ。メローネ越しに水色が見えて運転しているのはギアッチョだと解った。
アデレードが手を振り返すと、二人は車から降りてテーブルに近寄ってくる。
「……ペッシは?」
テーブルに残されたグラスを見て、ギアッチョが尋ねた。
「呼び出されて戻ったわ」
「で?アデレードは何してんだァ?」
「ちょっとメランコリックな気分に浸ってただけ」
「鬱いでるアデレードもセクシーだが、ぼんやりしてると悪い男に引っ掛かっちまうぜ?」
「あら、それはあなたたちのことを言ってるの?」
「そうそう。その調子だぜ、アデレード」
メローネは笑って座ると、向かい側に座ったギアッチョにメニューを渡す。
「俺たち、昼まだなんだ。ここで摂ってもいいだろう?」
「Si.」
それぞれ好きなものをオーダーすると、メローネが「それで?」と話を戻した。
「何の話をしていたんだ?」
「呪いに中途半端にかかった憐れな女の話よ」
「ペッシに?」
「ちょっと先輩ヅラしちゃったわ」
「プロシュートじゃああるまいしアデレードが珍しいことをするもんだな」
前菜のサラダに入っていたミニトマトをフォークでプツリと刺して、メローネはそのままアデレードに向ける。
ギアッチョが黙ってフォークを奪うと、メローネの口にトマトを押し込めた。
「ん。このトマト、ベネ」
「まぁアデレードの気持ちは少しは解る。ペッシもアデレードと同じようにプロシュートの指導を受けとるからな」
「だが、ペッシは男でアデレードは女だ。恋人にしたようなことは弟分にはしない。プロシュートのプライドが高いことは知ってるだろう」
「……そうね。ねぇ、二人にも聞いてみたいんだけど」
「ん?」
「あ?」
「私がプロシュートと恋人にならなかったら、私はまだチームにいて彼の隣にいたと思う?」
「どうだろうな。どちらにせよいないんじゃあないか」
「別にプロシュートじゃなくたってよォ、他のヤツと付き合っただろうからな」
「……それじゃあ。呪いをかけたプロシュートと呪いにかかりきらなかった私とでは、どちらが悪かったの?」
「どちらも悪くないしどちらも悪いって言うのが妥当なところか?ギアッチョ」
「ああ?あー……プロシュートのあれは厄介だ。サボテンに水を遣り過ぎて腐らせちまうようなもんだろ」
「おいおい、アデレードはサボテンじゃあないぜ」
「わかっとる!アデレードだってよォ、賢すぎただけだろーが。どちらが悪いかっつったらよォ、運だろ。運が悪かったんだよ」
「ギアッチョにしては随分と寛大な答えね」
「不服かよ」
「いいえ。Grazie,二人とも。私って昔から男運ないのよね」
「神様にも惚れられてるってことだな」
「本物の呪いじゃあねぇか」
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