▼13:プロシュートとベッリーナ

ブチャラティと一緒に見回りをしていると、アデレードも街の人から声を掛けられることが多い。
今日も例に漏れず「うちでランチを食べていってよ」と誘われてピッツェリアでランチを摂ることにした。
マリナーラとマルゲリータをそれぞれ注文して半分ずつ交換し、もう少しで食べ終わる頃にブチャラティが老婦人に「相談がある」と呼ばれて席を外した。
アデレードは「すまないな」と謝るブチャラティに手を振って中座を促す。
残ったピザを食べ終えて、水を飲みながらブチャラティの帰りを待っていると後ろから影が差した。

「Ciao,アデレード」

「……プロシュート」

聞き慣れた声で名前を呼ばれてアデレードが振り返る。
プロシュートはアデレードの顔を見て歯を見せて笑い、そのままアデレードを抱き締めてバーチをした。
頬と頬が触れ合い、アデレードの耳元でリップ音が聞こえる。

「……久しぶりだっていうのに随分とツレねぇじゃあねぇか、アデレードよォ」

「あなたは元気そうね」

「まぁな。……なぁ!ここにエスプレッソひとつ頼む」

プロシュートは近くにいたウェイターにそう注文すると、空いていた椅子に座った。
テーブルに置いたアデレードの手にプロシュートが手を重ねてくる。
チラリとブチャラティの行った方向を見たがまだ彼の姿は見えない。

「相変わらず綺麗だ」

「Grazie.プロシュートも相変わらず素敵よ」

「戻ってこねぇか」

「命令に逆らってもチームには戻れないわ」

「チームの話じゃねぇ」

プロシュートは重なる手に力を込めて握るが、アデレードの手はするりと抜ける。
そこに頼んでいたエスプレッソが置かれて、二人とも黙った。
ウェイターがテーブルから離れるとアデレードが口を開く。

「…プロシュートもそんな事言うのね」

「これまでもこれからもお前にだけにしか言わねぇよ」

「中々情熱的だけれど貴方には似合わないわ。別れた女とよりを戻すだなんてね」

プロシュートは黙ってエスプレッソをキュッと飲んだ。顔をしかめているのは苦さからだけではないだろう。

「アデレード」

そこにブチャラティが戻ってきた。
アデレードと親しく喋るプロシュートを見て、ブチャラティの表情が僅かに険しくなる。

「こちらのシニョーレは知り合いか?」

「恋人だ」

「元よ。元カレなの」

「プロシュート。同じ組織のモンだ」

「……ブチャラティだ」

アデレードはプロシュートの冗談をさらりと訂正した。
プロシュートも気にしていない様子でブチャラティに手を差し出す。ブチャラティもプロシュートの手を取って握手に応じた。
互いに表情はまだ硬い。

「アデレードに何の用だったんだ?」

「オイオイ、そっちのチームでは部下のプライベートにまで口出しするのか?」

「上司としてなら口出しするべきじゃあないんだろうな。だが、あくまでもアデレードに好意を寄せる男からの質問だ」

「ハッ!尚更答える訳にはいかねぇなぁ」

バチバチと火花が散って一触即発な雰囲気を壊したのはアデレードだった。
アデレードが呆れた声で説明する。

「二人ともいい男が台無しよ。ブチャラティ、たまには元のチームのところへ遊びに来ないかって誘われてただけ。プロシュートも、その内必ず行くわと返事もしてる筈よ」

話しはこれでおしまいとばかりにアデレードが立ち上がると、プロシュートはアデレードの手を引っぱって抱き締めた。
腕の中に収まるアデレードの耳元でプロシュートが囁く。

「……また逢いに来る」

Arrivederci(さよなら).」

アデレードの口唇の端、丁度左下のほくろにキスをしてプロシュートはエスプレッソ代をテーブルに置いて去っていく。
ブチャラティはプロシュートを見送るアデレードの横顔を見つめていた。
支払いを済ませ、アジトへ向かって歩きだす。

「……詳しく話を聞かせてくれ」

「Si.アジトに戻ったらみんなの前で話すわ」

「それもそうだが……俺が聞きたいのはアデレードとあの男の関係だ。元恋人と言ったがアデレードは今、あの男のことをどう思っているんだ?よりを戻すつもりなのか?」

「質問が多いわ、ブチャラティ」

「すまない。あの男に嫉妬してるんだ」

「あら、嬉しい。……プロシュートとは確かに恋人だったけどもう別れてるわ。今でも彼のことは好きだけど恋愛感情はないの。プロシュートは恩人だし素敵なシニョーレだけど、私は友達だと思ってるからよりを戻すつもりはないわ。ただ彼はそれを望んでいるみたい」

「やっぱりさっき口説かれてたのか」

「ごめんなさい。あのままだと喧嘩しそうだったから。遊びに来ないか誘われてるのも本当だもの」

「……それを聞いちまったら行かせたくねぇな」

「ブチャラティって思っていたよりも嫉妬深いのね」

「ああ、俺も今日初めて気が付いたぜ」

アデレードとブチャラティは顔を見合わせて笑った。

「あまり妬かせないでくれ」

「……嫉妬するブチャラティってとてもセクシーだからまた見たくなったらさせるかも」

「アデレードには敵わないな」

ブチャラティはそう言って眉を下げて微笑むと、アデレードの口唇の左下のほくろにキスをした。




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