▼12:イルーゾォとベッリーナ

アデレードはジョルノ、アバッキオ、フーゴの三人と共に任務でポンペイに来ていた。
ポンペイでの任務は指定された場所に隠された荷物を受け取るというごく簡単なもので、当初アデレードとジョルノの二人で行く筈だった。
だがナランチャがアデレードがホルマジオに絡まれたとメンバーに話した事で、まだ新入りのジョルノと二人では不安だとアバッキオが言い出しそれにフーゴも便乗してぞろぞろと行くことになった。
道中の車内ではジョルノとフーゴが軽く揉め、ピリピリとした雰囲気が漂っている。
後部座席に座っていたアバッキオがそれを止めると、隣に座っているアデレードにミネラルウォーターを渡した。
アデレードはそれを受け取らずちらりと見る。

「……ペリエがいい」

「ねぇよ。んなもん。飲まねぇなら俺が飲むぜ」

アバッキオが蓋を開けて一口飲むと、アデレードが横から手を伸ばしてボトルを取った。

「やっぱりちょうだい」

「おい、」

一度口を付けているにも関わらずアデレードは気にせすボトルに口を付ける。
アバッキオのライラック色のルージュが付いた飲み口に、アデレードのフーシャピンク色のルージュが新たに付いた。
それを見ていたのかルームミラー越しにジョルノやフーゴと目が合うアバッキオが舌打ちをする。

「……間接キス……」

「フーゴ、前見てろ。ジョルノも見てんじゃあねぇぞ」

「アデレード、僕にも一口貰えませんか?」

「Si.」

「させるかよ、ガキが。アデレードも簡単に返事してんじゃあねぇ!」

「おっと」

飲みさしのペットボトルを渡そうとするアデレードをアバッキオは制して、ジョルノに新しいボトルを投げた。

「レオーネ、後輩には優しくしなきゃ駄目よ」

「俺はただ単純にこいつが気に入らねぇだけで、同じ後輩のお前には優しいだろうが」

「それは後輩じゃなくて従姉だからでしょ」

「従姉じゃなくなってお前には優しい」

ワンサイドヘアにしているアデレードの耳からはらりと落ちた髪にアバッキオは手を伸ばして耳にかけてやる。
グンッと急ブレーキがかかって、アバッキオは思わずアデレードの胸の前に腕を出して身体を止めた。

「おい!フーゴ!危ねぇな!前見てろっつったろ!」

「……後ろでイチャつくな」

ミラー越しに冷たい目をしたフーゴとアバッキオの目が合う。

「イチャついてねぇ」

「どっちでもいいけど、レオーネそろそろ手を離して」

アデレードに言われてアバッキオが見ると、抱き留めようとした手がアデレードの胸元に当たり、柔らかい感触が手のひらにある。
アバッキオは黙って手を離したが、ジョルノとフーゴからの視線が痛い。

「……事故だ」

「何も言ってないです」

「そうですよ」

「あら、もう着いたみたいね」

アデレードは気にせず窓の外を見ると、目的地に着いていた。
話を切り上げたいアバッキオが一足先に車から降りる。

「……逃げましたね」

「アデレード、僕らも行きましょう」

「少しだけ待ってフーゴ。リップを直させてちょうだい」

「ええ。良いですよ」

「ポンペイか……。ガキの頃、遠足で来た以来だな」

「レオーネ、オリエンテーリングで優勝したわよね」

「へぇ。意外だな」

「そういうの率先してやるタイプに見えませんね」

「ウルセェ……。アデレードも余計なこと話すなよ」

アバッキオが振り向いてまだ車内にいるアデレードを咎める。
コンパクトミラーを覗いていたアデレードは眉を下げて肩を竦めて謝った。

「マン・イン・ザ・ミラー。アデレードだけを許可する」

その声にアデレードがハッとコンパクトミラーを見ると、男が映っている。
ジョルノたちに声をかけようとするが、既にアデレードの腕がキラキラと結晶の様に輝きながら鏡に取り込まれている。

「アデレードッ!?」

アバッキオがアデレードの異変に気付いて手を伸ばすが、アデレードに届かず、座席の下にコンパクトミラーがコトンと落ちた。




シンメトリーの世界でアデレードを待っていたのはイルーゾォだ。

「久しぶりだな、アデレード」

「その割には随分と強引なことするじゃないの、イルーゾォ」

「鏡に入れたのはゆっくり話をするための手段だ。アデレードに手荒な真似はしたくない」

「相変わらず優しいのね」

「ソルベとジェラートやホルマジオよりかはな」

アデレードとイルーゾォのスタンド能力は似ている。
アデレードにその力の効果的な使い方などを教えたのはイルーゾォだった。
何かとアデレードに構うメンバーに比べてイルーゾォは兄のような存在に近い。

「アデレードがうちに居たのは元はと言えばプロシュートが拾ってきたからで正式にチームに加入してたとは言えないし、今アデレードがブチャラティのチームにいることは上からの辞令だって解っている」

「……納得はしてないのね」

「あのままうちのチームに入ると思ってたからな。……原因はプロシュートか?」

「彼は関係無いわ。私個人の問題よ」

「ギャングになったことを後悔してるのか?」

No(してないわ).」

「寂しくはないのか?」

Va bene(大丈夫よ).」

「俺は寂しいぜ、アデレードがいなくなってからずっとな」

「……珍しいことを言うのね」

「二人っきりだからな」

イルーゾォがアデレードを抱き締める。
そこに強引さはないが、イルーゾォの優しさが却って振り払いにくい。いっそのことキスでもしてくれたら突き放せるのにと思う。

「イルーゾォ……」

アデレードが名前を呼ぶと、背中に回った腕にぎゅっと力を込められる。すがるような抱擁に益々退路がない。

「戻ってこいなんて無茶は言わない。だがたまに遊びに来るくらい構わねぇじゃねぇか」

「行ったら帰さないなんて誰かが言い出しかねないのよね」

「その時はマン・イン・ザ・ミラーで助けてやる」

「……閉じ込めないでね?」

「そんな趣味はない」

ふん、と鼻を鳴らすイルーゾォにアデレードはクスクスと笑う。
昔を思い出して懐かしくなった。

「だから約束してくれ、アデレード」

「……Ho capito(分かったわ).イルーゾォにそこまで言われたら断れない」

「Grazie,アデレード」

イルーゾォはそう言ってアデレードの髪にキスをする。

「そろそろ戻して。きっと心配してるわ」

「そっちのチームでも相変わらずモテてるんだな」

「妬ける?」

「少しな」

アデレードを離してイルーゾォが鏡に向かう。

「マン・イン・ザ・ミラー!アデレードが出ることを許可する」

入って来た時と同様にアデレードの腕が乱反射して鏡に引き寄せられた。
アデレードの身体がマン・イン・ザ・ミラーによって元の世界へ戻される間際にイルーゾォが言う。

「皆には伝えておく。プロシュートが素直に聞くとは思えんがな」

ああもう、というアデレードの言葉は鏡に遮られて届かなかった。



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