▼11:ホルマジオとベッリーナ
「なぁ〜〜まだ?」
「まだよ」
デパートのコスメカウンターでテスターを試しているアデレードの横でナランチャが頭の後ろで手を組みながら声をかける。
「一緒に行く!って言ったのナランチャじゃあないの」
「そうだけどさ〜〜……。化粧品なんて俺が見てもわっかんないしさぁ、アデレードならどの色でも似合うもん」
「あら、嬉しいこと言ってくれるのね。でももうちょっと待ってね」
微笑むアデレードにそう言われてはナランチャは何も言えなくなってしまい、ずらりと並んだリップスティックを前に手持ちぶさたにゆらゆらと揺れる。
アデレードは真剣にテスターのリップを手の甲に塗って色を見ていた。
ナランチャはその横顔を少し後ろから見つめながら、改めて好きだなぁと思う。
年下で異性として意識されていないのは不満だが、こうしてアデレードとデート出来るのは素直に嬉しい。
ただこうして自分だけがじっとしているのは些か退屈だ。
「なーアデレード。俺、ちょっとトイレ行ってくるなー!」
「ん。わかった」
アデレードは手元を見ながら頷いた。
ナランチャはちょっとくらいこっち見てくれても良いのになぁと思いながらトイレへ行く。
用を足してトイレから戻ろうと店の前まで来ると、知らない男がアデレードに話しかけていた。
ナンパにしてもアデレードの腰に手まで回している。
「ピンクだ。その方が銀髪に映える」
「そうねぇ」
「アデレード!」
「あら、おかえりなさい。ナランチャ」
会話に割り込むようにナランチャがアデレードの手を握って男から引き離そうとするが、当の本人であるアデレードは男を気にもしてない様子に拍子抜けする。
「女の買い物に付き合う時に退屈そうにするのはイタリアーノ失格だぜ、ナランチャ」
アデレードの腰を抱いている剃り込みの入った坊主頭の男がニヤリと笑った。
「止めなさいよ、ホルマジオ」
「……アデレードの知り合いか?」
ナランチャは男を睨み付けながらアデレードに尋ねる。
「Si.元チームメイトのホルマジオよ」
「元チーム?」
「何だァ?アデレード、言ってねぇのか?」
ホルマジオがいちいち逆撫でするように話すのがナランチャは気に食わない。
「言いたくないことだってあるだろ。アデレードが言わないのはアンタんとこのチームに原因があるんじゃねぇの?」
「原因なら心当たりしかねぇな!」
ナランチャの指摘にホルマジオは可笑しそうに笑った。
「耳の傍で大きな声で笑わないで。煩いわ」
アデレードが離れようとホルマジオの頬を手で押すと、ホルマジオはその手を避けてアデレードの耳元にキスをした。
触れ合うだけのものではなく、ちゅくり、と言う音はすぐ傍にいたナランチャにまで聞こえる程だった。
ナランチャが本気で掴み掛かる前にアデレードがホルマジオの腕を引っ掻いた。
「そう爪を立てるなよ、ガッティーナ」
「私がいつホルマジオのガッティーナになったの?」
「つれなくすんなって。益々惹かれちまう」
「惹かれる分にはいくらでも惹かれていて。でも駄目よ」
懲りていないホルマジオを無視してアデレードはリップスティックを一本持ってカウンターに会計しに行く。
「しょうがねぇなぁ。ここで仕切り直すのも野暮か」
ホルマジオはアデレードが戻ってくるのを待たずに去っていった。
会計から戻ってきたアデレードにナランチャが抱き着く。
「アデレードッ!」
「なぁに、ナランチャ。ホルマジオは帰った?」
「……知らねぇ」
ナランチャはアデレードの柔らかい胸に顔を押し付けてぎゅーぎゅーと抱き締めた。
「何であんなヤツにキスさせんの?何で俺は駄目なの?」
「……ホルマジオは勝手にしただけだし、ナランチャが駄目な理由は言ってあるでしょ」
「……」
アデレードの言葉にナランチャの腕の力が強くなる。
ナランチャはアデレードに男として見てもらえないことでアデレードが誰かに取られることが嫌だった。
「……仕方のない子」
アデレードがあやすようにナランチャの髪を優しく撫でる。
猫ッ毛なのかナランチャの髪は子供の髪のようだ。
撫でられて少しだけ顔を挙げたナランチャの額にアデレードはちゅ、と軽くキスをした。
「今回だけ特別よ」
「……特別なら口がいいな」
「その調子なら機嫌は直ったみたいね」
「あっ!待ってよ!アデレード〜〜!」
アデレードはナランチャの腕から猫のようにするりと抜け出すとスタスタと歩いていく。
ナランチャは慌ててその後を追い掛けていった。
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