極夜にワルツを


(※情事後の話です)

・・ after story ・・


大晦日から正月にかけての鳴の短い冬休み、「親に紹介したいから遊びに来なよ」と実家に誘われた。いつぞやの「正月休みに入ったら押し倒す」発言が気がかりだったけど、親が在中してるなら心配無用か。そう思ってノコノコついて行ったのが間違いだった。
お邪魔しますと玄関に入り、ご両親に挨拶する間も無く中へ奥へと促される。あれ、挨拶は?というわたしの呟きなど聞く耳も持たず、中学時代まで使っていたという鳴の自室へ足を踏み入れた瞬間に勝負はついていた。
「実は今日誰もいないんだよね」とニンマリ笑われたかと思えば、あっという間に美味しく頂かれてしまったのだ。

「ねぇ、ほんとに一也とはセックスしてないの?」
「しつこいな!してないって何回も言ったじゃん!ていうかさっきのわたし見て分かったでしょ!?」

抵抗する間も無く隅から隅まで味わい尽くされ、事が終わるもそのまま一糸纏わぬ姿で鳴のベッドに潜り込んでいるわたしは思わず掛け布団を首元まで引き上げた。対する鳴は鍛え上げられた身体を惜しげもなく晒したまま、頬杖をつきながら隣でわたしを見下ろしている。

「…まぁ、あんだけガチガチに緊張して痛がってたらそうか」
「遅い!」

鳴の言葉で先程までの行為が次から次へと頭に浮かび、顔から火が出そうなほど恥ずかしくなった。居た堪れなくなって思わず布団を頭までかぶり、声にならない悲鳴をあげる。
「ねぇ〜怒ってんの?」なんて暢気な声が上から聞こえてくるけど聞こえないフリ。なんで鳴はこんなに余裕なの!?
わたしと同じく初めてだと言った割にはやけに落ち着いていたし手慣れていたような気がする。もしかして嘘なのかな、なんて疑ってみるけど、そんな嘘をついたところでなんの得もないだろうし、男のプライドを考慮すればむしろ経験者だと言い張った方が箔がつくはずだ。

「あ、出てきた」

嗅ぎ慣れない匂いの布団を下げてそっと顔を覗かせると、鳴と目が合ってにっこり笑われた。今日は朝からずっとこんな調子で機嫌がいい。自分じゃ分からないけど、そんなに満足していただけたのだろうか。

「なんで笑ってんの」
「いや、名前の初めての男になれて嬉しいなーと思って」
「……それってさぁ、そんな嬉しいもんなの?」
「当たり前じゃん」
「ふぅん」

ニィ、と笑いながら乱れたわたしの前髪を整える鳴は、自己申告通り確かに嬉しそうだ。初めてを捧げた、それは紛れもない真実だったが、実際のところ方法や手順がよく分からないわたしは鳴を受け入れることで精一杯だった。何が正解なのかよく分からないうちに気付いたら終わっていた、それが率直な感想だ。
それでも鳴にとっては特別だったんだろう。男心のそういう類のことは正直よく分からないけど、鳴が嬉しいならわたしも嬉しい。素直にそう思った。

「一也に自慢してやろっかな〜」
「やめてよ、馬鹿じゃない?」
「だって一也は名前の裸見たことないわけじゃん?」

なんでそうなる。呆れて鳴に目をやると口を尖らせて「俺しか知らないわけだし〜」なんて子供みたいな主張を始めていた。
この口振り、わたしが一也と付き合ってた過去をまだ気にしてるとみた。そしてこんなことで張り合って勝ったつもりでいるらしい。なんてしょうもないんだろう。
わたしも一也もお互い未練なんて一ミリもないし、そもそも付き合ったと言っても、今思い返してみればアレは子供のおままごとみたいなものだった。
よそのカップルの性事情なんて聞かされたって今の一也にとってはいい迷惑でしかない。鳴が自慢したところで「そんなもん聞きたくねぇわ」と一蹴されるに決まってる。

「一也、驚くかな?」
「ん〜〜…ていうか一緒にお風呂入ったことあるから裸は見られちゃってるよ」
「……は!?」
「あ、いや、子供の時の話ね!4、5歳くらいの頃かな」

ふと思い出したのは幼少期のアルバム。わたしには記憶がないけど、中学生の頃見返した時に発見した一枚には我が家のバスタブの中ではしゃいでいる一也とわたしの姿があった。
親の話によれば、御幸家のお風呂の調子が悪くなったとかで1日だけ我が家のお風呂を借りにきたことがあるとかなんとか。いくら子供とは言え一応は女なんだからそんな写真撮るなよと親につっこんだ記憶があるが、「まぁいいじゃないの」と笑い飛ばされて終わった過去だ。
「まぁ、わたしも一也も覚えてないんだけどね」そう付け加えて説明するも、鳴は信じられないといった顔で小さく震えている。あ、マズイ、言うんじゃなかった。

「…ねぇ、聞いてる?鳴?」
「あ〜〜ムカつく!もっかいやる!」
「さっきまで童貞だったやつが何言ってんの」

呆れて溜息を吐けば怒った鳴に布団を捲られて自分の身体が晒される。ぎゃあ!と悲鳴を上げながら慌てて布団に手を伸ばそうとするが、両手首を掴まれて身動きを封じられた。見上げた先には本気の鳴の顔、蒼色の瞳と視線がぶつかる。

「でも、名前がどんな顔でよがるのかは、俺しか知らないわけでしょ?」
「…そうだよ」

いつになく真剣な表情に目を奪われる。
ホント負けず嫌い、そう言って笑うと鼻を鳴らして「文句ある?」と強気な返事が返ってきた。

「名前が恥ずかしがったり気持ちよくなったりする顔は、俺だけの秘密だから」
「うん」
「全部、俺のもの」
「…うん」

わたしを惑わすのは、鳴だけだよ。囁くようにそう言ってあげれば喜びを噛み締めるように鳴は笑った。
あやすように髪を撫でられ、シーツに散らばる長い髪を一束集めてキスを落とされる。その仕草が画になるな、なんて見惚れていると、眼を細めた鳴の顔が近付いてくる。堪らず瞼を閉じると、ちゅ、と音を立てておでこにキスが降ってきた。
むず痒くて嬉しくて、誤魔化すようにふふ、と笑うと今度は唇を塞がれる。啄むように味わうように、何度も何度も角度を変えて。少しずつ、長く、深くなっていく。

「ん……こうやって触れてほしいって思うのは、鳴しかいないから」
「本当?」
「ほんとだよ。鳴だけだよ」

まるで唱えるようにそう告げると、鳴の瞳がとろんと融けるように細まった。そっと頬に添えられた右手に、自分の掌を重ねる。冷えた指先が鳴の体温でじんわりと温まって、何故だか泣きそうになった。
空いていた鳴の左手、その指先がわたしの首筋に触れ、鎖骨をなぞり、脇腹を優しく撫でる。それから焦らすように、少しずつ少しずつ、下降していく。

「……っあ、」

じわじわと下腹部が熱くなって、早くまた一つになりたいと欲が湧いてきた。ああ、やっぱりわたし、鳴が好き。

わたしを惑わすのは、鳴だけだよ。先程告げた言葉が頭の中で反芻される。
触れられる度に、跳ねて、震えて、融けていく。


(20210210)
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