X等級の異端児


・・ after story ・・



高2の冬、12月。高校野球のオフシーズン。この時期は3月の対外試合解禁までひたすら身体作りの毎日だ。
…なんて分かってても、やっぱり試合がないとどうにも気分が乗らないわけで、今日も朝から練習三昧で超疲れた。好きな練習だけやってたいけど現実はそうもいかないし、相変わらず監督は俺に厳しいし、馬鹿の樹はうるさいし。

「あ〜〜早く試合したい…」

まぁ、今日は夕方に名前と会う約束してるからなんだかんだで頑張れちゃったけどね。なんて自画自賛しながら、俺の顔を見つめてニコニコと笑う名前を想像して片付け中だというのに思わず口元が綻んでしまう。
あぁ、早く終わらせて彼女に会いたい。

「成宮、ちゃんとボール拾っておけよ」
「うるっさいなぁ分かってるよ!」

ブルペンでの投球練習を終え、樹が逸らしたボールを拾ってると通りすがりの白河にブツブツ文句を言われてさっきまでの気分が台無しだ。相変わらず小言が多い奴め。ていうか樹はどこ行ったんだよ、なんでエースの俺が一人でこんなことやってるわけ!?
そんな不満を抱えながら地面にしゃがみ込んでいると遠くから樹の騒がしい声が聞こえてきた。エースに球拾い押し付けといてサボりかよ!腹を立てながら声の方へ視線を向けると、なんだどうしたと部員が集まっている。よく見れば樹が誰かの腕を引っ張っていた。

「不審者がいました!青道のスパイです!」

ん?ちょっと待って…いま青道のスパイって言った?
嫌な予感がしてボール拾いの手を止め、目を凝らしてみる。「そこの柱の影からじっと覗いてたんです!」と騒ぐ樹が腕を引く謎の人物は、サングラスとマスクのせいで顔は見えない…が、その乱れたコートの下に青道のチェック柄のスカートを覗かせていた。

「痛い!離して!違うから!」

嘘だろ。聞き覚えのある声に驚いて、思わずボールを投げ出しそこへ駆け寄る。未だ騒がしい樹の声を無視して謎の人物のサングラスを外せば、「鳴…」と俺の名を呼ぶ半泣きの名前と目が合った。

「何してんの!?待ち合わせは夕方だったじゃん!」
「は、早めに着いちゃったから、ちょっとだけ練習風景見たいなって思って…」
「…それで覗いてたわけ?」

うん、と頷く名前は「バレないようにコート着込んで変装したのに〜」と言い訳を並べた。
冷静になって全身を確認すると、制服の上にコートを羽織り、頭にはニット帽。それからどこで調達してきたのかバカでかいサングラスをかけて口元にはマスク、首元にはごついマフラーをぐるぐる巻きにしていた。
いや、これ逆に目立つし…馬鹿なの?どっから見ても変質者じゃん。

「ていうか土曜なのになんで制服?」
「さっきまで模試受けてたからそのまま直で来た」
「ったく…」

ハァ〜〜と深い溜息を吐きながらその場にしゃがみ込む。夏大まではあれだけ内緒にしてくれって自分が言ってたくせに。こんな目立つ事してくれちゃって、ホント何してんのさ。
状況を理解してない他の奴らが誰?どういうこと?と混乱を口にする中、白河が「コイツ成宮の彼女だよ」と説明していた。それに一番驚いていたのは名前を引っ張ってきた張本人の樹。俺が顔を上げて睨みつけると、とんでもない事をしてしまったと言わんばかりに青ざめていた。

「鳴さん、青道の生徒と付き合ってるって本当だったんですね…」
「そーだよ、夏大の決勝戦で愛を叫んだの見てなかった?」

つーか決勝戦の後みんなに説明したし!なんで知らないわけ?
続けてそう不満を漏らすも「坊やが愛だとさ」なんてカルロが馬鹿にして笑う。うるさいな!

「っていうか何?スパイ?球種も理解してないし球筋見ても何も分かんないんだから、名前にスパイなんかできるわけないじゃん」
「うぅ、フォローされてる筈なのに傷付く…」

しょぼくれる名前には溜息しか出ない。けど、これでもう皆んなに顔と名前を認知して貰ったわけだから、それだけが今日の収穫だと思うことにする。

「…今度名前のこと泣かせたらぶっ殺すよ」
「うっ、」

誰に、というわけでもないがドスの効いた声で釘を刺してやれば場の空気がピリッと張り詰める。気付けば今度は樹が泣きそうになっていた。

「まーまー、そう熱くなんなって。勘違いとはいえ彼女にも少しは非があっただろ」
「確かに。こんな格好で覗かれたら誰だって不審に思う」

場の雰囲気を和ませようとカルロが俺の肩を叩いた。それに続いて賛同したのは白河。
まぁ、確かにこの格好は誰がどう見ても怪しい。

「あの、お騒がせしてすみませんでした…以後気をつけます……」

場の空気を読んでぺこりと頭を下げた名前は小さくなりながらジリジリと少しずつ後ずさる。どうやら帰るタイミングが分からないらしい。名前、と俺が声を掛けようとするより早く、それに気付いたカルロが俺に声をかけた。

「校門まで送ってってやれよ」
「ん、そうする」

やっぱりカルロはこういうとこ気が利いて優しいよな、脱ぎ癖さえなけりゃもっとモテるだろうに。
そんな余計なお節介を焼きつつ、目が合った樹に「あとでブルペン片付けるから、ちょっと行ってくる」そう告げて名前の腕を引き校門まで足を進めた。

「俺が片付けておきます!」
「いーよ!自分でやるから…あと、」

ちょっと言い過ぎた、そう付け加えると面食らった表情が目に映る。何だよ、俺だって謝罪くらいできるっつーの。
そんなやりとりを傍で見ていた名前は「多田野くんごめんね」と頭を下げていた。何、名前のやつ樹の苗字覚えてんの?なんて、ここへ来てどうでもいい嫉妬を覚えてしまう。

「…怒ってる?」

校門までの距離わずか数百メートルを歩きながら、名前がおずおずと口を開いた。声の大きさと質から、振り返らずとも怯えているのが伝わってくる。

「別に?呆れてるだけ」
「ご、ごめん」
「いいよもう、早く俺に会いたかったんでしょ?」
「…うん」

さっきの騒動が余程こたえたのかやけに素直だな。足を止め、腕を引かれながら俺の半歩後ろを歩く名前の様子を伺うと、小動物みたいな顔でじっと俺を見つめていた。
なんなのもう。これじゃ怒りたくても怒れないじゃん。

「はぁ〜〜可愛い、やばい、今すぐ押し倒したい…」
「えっ!」
「嘘だよ、正月休みまで我慢するから」

嘘なの?えっ、正月まで?我慢?結局どっち?なんて慌てふためく名前が可愛くて愛おしくて堪らない。思わずププッと吹き出すと「もう!」と彼女は怒りをあらわにする。だけど、それすら可愛いと思うんだから恋ってやつは怖いもんだよねぇ。

「片付けてグラ整終わったら上がるから、公園で大人しく待ってなよ」
「じゃあ、いつかの鳴みたいにジャングルジムで待ってるね」

にっこり笑う名前のその言葉に、「いつかの俺」を思い出す。それは俺と名前が初めて公園で待ち合わせした日で、別れ際に泣きながら「死ね」と罵られた日。
あれから1年以上経つわけだけど、あの日の名前はこんな未来が来るとは思ってなかっただろうな。

それから1時間ほど経って待ち合わせ場所の公園へ向かうと、名前は宣言通りジャングルジムのてっぺんで足をバタつかせながら今か今かと俺を待っていた。子供みたいなその仕草に、思わず口元が緩んでしまう。

「お待たせ」
「鳴!」

小走りで駆け寄り声を掛けるととびきりの笑顔で迎えられる。
喜びが隠し切れず、腕を広げて飛び降りてきた彼女を「危ないな!」なんて言いながら笑顔で抱き留めた。


(20210210)
prev top next

- ナノ -