きみが日向で笑うなら


(中2〜高1あたり、御幸過去編)


・・ oldtail ・・


「ケータイ鳴ってるぞ」
「うん」
「電話じゃねーの?」
「そうだね」
「出れば?」
「あぁ〜〜!!!面倒くさい!」

中学2年の秋、中間考査週間に入り「集中できないから一緒に勉強しよう」と誘ってきた幼馴染が突如俺の正面で吠えた。
机の上でブルブルと震えるケータイを開き、画面を確認した後すぐさま電源ボタンを長押しし、そのままカバンに突っ込んで盛大な溜息を吐く。その一連の動作があまりにも速過ぎたもんだから、驚いて右手に握りしめていたシャーペンが宙に浮いたまま固まってしまった。

「…出なくてよかったのか?」
「うん、知らない人だから」
「知らない奴から電話かかってくんの?何だソレ」
「話したことない先輩。遊ぼうってしつこいから無視してんの」
「あー……」

その言葉と不機嫌な態度から、数日前の昼休憩の出来事を思い出す。
確か3年の先輩が名前を気に入ったとかで、名前の友人を通じて連絡先を交換しようとしたらしい。
名前は嫌だと拒否を示していたが、その友人曰く「ゴメンもう教えちゃった」とのことで、それを聞いた名前は個人情報がなんだかんだと大騒ぎしていた。
名前の斜め後ろの席に座る俺はそんなやりとりをぼんやり眺めながら、ここ最近そういう事が増えたなぁ…なんて薄っぺらい感想を抱いていた。

小学校を卒業し、中学へ上がるタイミングで成長期を迎えた名前は、俺が野球に夢中になってる間にいつの間にかぐんと身長を伸ばしていた。小さい頃から兄妹みたいに過ごしていた俺よりチビだった筈なのに、今では同じか、むしろ俺より少し高いくらいになっている。ひょろひょろだった身体も女性らしい丸みを帯びたものへと成長。それから…胸も、まぁ、そこそこデカくなっていて。切るのが面倒だからと言って伸ばし続けた長い髪も相まって、どちらかと言えば見た目も悪くなく、むしろ「あの子結構可愛くない?」と噂されるようになり、気付けば上級生から交際の申し込みや遊びの誘いが増えるようになったとか。

「話したこともないのになんで好きとか言えるんだろうね、マジでキモい」

だけどそんな見た目とは裏腹に、ガサツで口が悪く色恋に興味を示さない所謂「残念なタイプ」の名前には突如訪れたモテ期は手に余るようで。日々更新されていく告白や「知らない奴」からの誘いにうんざりしているようだった。

「…それ、女子の前で言うなよ?下手すりゃ自慢に聞こえるぞ」
「分かってるよ…だから一也の前で言ってんじゃん」
「ふーん」

机上で頬杖をつきながら名前を見つめると、虫の居所が悪そうな顔でそう呟かれた。自慢なんかじゃない、ただの嫌悪の塊。そんなの聞かなくたって分かってた。

「…じゃあ、男避けに俺と付き合う?」

するりと口から紡がれたのは現状打破のための奇策。本当に、純粋な、単なる思い付きだった。

「俺とお前ならお互いのことよく知ってるし……つってもアレか。自分より背の低い彼氏って、お前だって嫌、」
「いいねそれ!そうしよう、付き合おう!」
「え」

面食らった顔の名前を見て、冷静になるととんでもないことを口にしてるな、と慌てて否定しようとしたが、それより早く名前が食い気味に同意を示す。え、何。お前、マジで言ってんの?
驚いて脱力し、頬杖していた腕がずるりと崩れる。ズレたメガネを指先で直しながら対面する名前に再び向き合うと、目から鱗と言わんばかりに瞳を輝かせて感動していた。

「ふふふ、じゃあ今日から彼氏ね!」
「あー、うん…」

自分から言い出した手前、ニコニコと嬉しそうに笑う名前を見ていると今更取り消すなんて出来なかった。
コイツ、意味分かってんのか?
呆れて溜息を吐き、やっぱり俺がいないとダメだな、なんて改めて思う。
今にしてみれば何であんなことを言ってしまったのかと思うが、こんな調子じゃ名前がどこの馬の骨か分からねぇ奴に捕まってそのうち痛い目に遭うかもしれない。そうなってしまうくらいなら俺が隣にいた方が良いと、心のどこかで考えていたのかもしれない。

翌日、「一也と付き合うことになった」と教室で堂々宣言した名前に、クラスメートの面々はただの幼馴染じゃなかったのかと大層驚いていた。だけど俺の傍でニコニコと笑う名前の様子を見て、言われてみればしっくりくるし実はお似合いなんじゃ?という結論に至ったらしい。
多少のイジリは覚悟していたものの、予想以上にあっさり受け入れられ、いつのまにか校内公認カップルとなり、名前に声を掛ける男も気付けばいつの間にか姿を消していた。
そんなこんなで、いともあっさりと本来の目的を果たすことに成功したのだ。







「キスしたいんだけど」

それを告げたのは中学2年の冬休み。俺の部屋で一緒に冬休みの課題を片付けていた時だった。

「えっ、え!?」
「…キスくらいするだろ、彼氏と彼女なんだし」
「そ、そうだよね…」

突拍子もない提案に、まぁ驚くだろうと予想はしてたけど。あまりにも過剰反応を示されたもんだから、少しばかり恥ずかしくなってしまったことは今でもしっかり覚えてる。
名ばかりの恋人同士になった俺たちはそれまでの関係と何も変わらない日々を過ごしていたわけだけど、実際のところ名前はそれをどう捉えているのか確認したくなったのだ。
拒否されたらそれまで。無理強いするつもりはない。それくらいの心算だった。

「…嫌?」
「う…」

試すようにそう聞けば、名前は口をへの字に曲げて悩む素振りを見せた後、ぎゅっと目を閉じて下顎を少し持ち上げた。

−−へぇ、受け入れるのか。

名前のことを女として好きなのかと問われたら、正直なところ俺にもよく分からなかったと思う。だけど純粋に、キスとはどんなものなのか。それが知りたかった。
あわよくば、その先も。なんて、そんな邪な感情もあった。だってまぁ、俺も年頃の男な訳だし。

「んっ、」

目を閉じた名前の肩に手を添えて首を傾けつつ、艶のある唇に自分のそれを重ねる。予想以上に柔らかいんだな、なんて思った瞬間名前が強張ったのが分かった。そっと瞼を開けると、メガネのレンズ越しにぼんやりと名前の睫毛が震えている。

…ふぅん、やっぱ緊張してんだな。なんか、変な気分。

調子に乗って唇を割り舌を入れてやろうかとも思ったけど、睫毛だけでなく俺の腕を控えめに掴む手も震えていることに気付いてしまった。あー…なんか、胸が痛むな。
わずかに芽生えた罪悪感から、それを試すことは辞めにした。
それから、離れては触れることを何度か繰り返して距離を取る。名前の顔は見事に真っ赤に染まっていた。

「な、なんか恥ずかしいね」
「…そうだな」

照れる名前の顔を見て柄にもなくつられてしまう。クソ、名前もこんな顔すんのかよ。
触れるだけのぎこちないキスは、俺たちのちぐはぐな関係を表すのに相応しいものだった。

そんな俺たちが別れたのは中学3年の夏。
俺が成長期のピークを迎え、名前の背をぐんと追い越した頃。そして精神的に少し成長した名前が俺たちの関係に違和感を覚えた頃だった。

周りのカップルと比較し、やっぱり何か違う気がするから元の幼馴染に戻ろうと言い出したのは名前の方だった。俺はようやく自覚したかと謎の保護者面を装いながら、ただ「分かった」と了承したまでだった。
あれだけずっと一緒にいて触れるだけのキス以上の事が出来なかったのは、幼馴染という関係を壊したくなかったのかもしれない。
だけど、このちぐはぐな恋人同士という関係を終えることを、どこか残念に思っていた節もあった。
俺って名前のこと好きだったのかな。なんて、今となっては分かんねぇけど。

「そういえばお前高校どうすんの」
「青道受験するよ?チアやるんだー」
「ハァ!?何でだよ、遠いだろ」
「別にいいじゃん。早起きして電車通学頑張るし!あの王者の掛け声間近で聞くのが憧れだったんだよね〜」

秋になり、青道への進学が決まっていた俺が軽い気持ちで聞いたそれに返ってきたのはまさかの答え。てっきり自宅近くの公立高校を受験するとばかり思っていたから正直驚いた。しばらく離れられると思ってたのになんだってまた同じ高校なんだよ。
そんな俺の思いなど露知らず、名前は一般入試でめでたく青道に合格。そして数少ない同じ中学出身者を固めたかったのか、俺と名前は同じクラスになっていた。

「聞いたよー入部初日に寝坊して監督怒らせたんでしょ?何やってんの?」
「お前が起こしてくんねーからだろ」

真新しい青道の制服に身を包み、教室で顔を合わせて軽口を叩く名前は以前と何ら変わりない。
だけど、「いつまでもわたしに頼ってちゃダメだよ〜一也クン」そう言ってほくそ笑む名前を、俺はすっかり見下ろすまでに成長していた。
身体付きだってあの頃に比べたら見違えるほどに逞しくなった。兄妹みたいだった俺たちはもうここにはいない。誰がどう見たって、今の俺たちは「男」と「女」の姿をしていた。
もし、これが2年前の状況であったとしたら、男避けに付き合おうという俺の提案にコイツは乗っかってくるだろうか。なんてくだらない事を考えてしまった。

「何、どしたの」
「いや、お前小さくなったなーと思って」
「はぁ?一也が大きくなっただけじゃん」

すっかり逆転してしまった身長差に笑みを浮かべながら彼女の頭に手を乗せる。艶のある長い髪を掻き乱すように指を動かせば、名前は目の色を変えて怒りを露わにした。

「ちょっと、髪がぐしゃぐしゃになる!やめろ!」
「はっはっは」

これから先、お互い好きな奴が出来たとしても、俺たちはずっと幼馴染。それだけは、何があっても変わらない。


(20210212)
prev top next

- ナノ -