太陽系の中心で何を叫ぶ


春が終わりを告げ、次の季節がやってくる。鳴と付き合って初めて迎える夏だ。
夏の西東京地区大会は順当に行けば決勝戦で稲実とぶつかる。それが分かっていたから、さすがのわたしも今年はチアに名乗りを上げる勇気はなかった。

「ごめん!今年は、チアできない…」

去年一緒にスタンドで汗を流した友達にその旨を伝えると、なんで!どうして!?と首元を揺さぶられるほどしつこく理由を追求されたけど、成宮鳴と付き合ってるからだなんて言えるはずがない。
これにはやむを得ない事情が…!と視線を泳がせながら、当日まで精一杯誤魔化すほかなかったのだ。







「これでウチが負けたらチアやんなかった名前のせいだからね」
「あ〜〜そういうの本当にやめて…!」

西東京地区決勝戦。去年に引き続きチアに奮闘する友達に恨み節を吐かれ、通路の隣の席に座っているわたしは思わず両耳を覆った。
わたしだって素直に応援できるものならそうしたかった。だけどそんなの無理に決まってる。青道の制服を着て青道のスタンドに座りながら、心のどこかで鳴を応援している自分がいるのだ。
一也に、青道に勝って欲しいけど、鳴が負けるところも見たくない。矛盾だらけの感情が自分の中で渦巻くまま、祈るように両手を握って試合の行く末をただただ見守るばかりだった。

「嘘…」

“その時”は9回裏に訪れる。青道1点リードで動いていた試合は、沢村の死球から流れが変わった。
頭にデッドボールを食らった白河くんは大丈夫なのか、そしてまた、沢村のメンタルも大丈夫なのだろうか。彼がマウンドを降りる時、沢村に駆け寄った一也はなんて声をかけたんだろう。そしてこのプレッシャーの中、果たして川上くんはベストを尽くせるのだろうか?
何が何だか分からなくて心臓を握り潰されるように胸が苦しい。心が死にそうだった。

(もういやだ…延長戦にもつれこんでいっそ再試合にして…!)

そんな祈りも虚しく、終止符を打ったのは稲実エース、鳴のヒット。伊佐敷先輩の頭上を越えていく白球が、まるでスローモーションのように落ちていく。
わあっ、と湧き上がる歓声がどこか遠くに聞こえた気がした。

「……あ、」

稲実が逆転。一也が、青道が負けた。
そうか、鳴が勝ったんだ。

「〜〜っ、ほらぁ!名前がチアやんなかったから!」
「だから、ごめんってばぁ…!」

理不尽な事を言いながら顔をぐしゃぐしゃにして泣く友達につられて、喉の奥が熱くなって声が震えた。グラウンドに視線を移すと泣き崩れる先輩たちが目に映る。嫌だ、こんなの見たくない。
思わず目を瞑って現実から目を逸らすけど、ふと頭に浮かぶのは鳴の顔。彼は今、どんな顔をしてるんだろう。大口叩いてたからドヤ顔でもしてるかな、それとも原田さんに抱きついて笑ってるかな。
そっと瞼を開くと予想外の光景があった。あの鳴が、人目も憚らず泣いている。原田さんの傍で、嬉し泣きしてる。それを目の当たりにして、胸がぎゅっと締め付けられた。もはや悲しいのか嬉しいのか、何が何だか分からなくて感情が大渋滞。わたしの目からぼろぼろ流れる涙は、一体何に対するものなんだろう。

「えっ、あれ成宮くんじゃない?」
「こっち来るよ!?」

感傷に浸る中、周囲の女子達が口にしたのは馴染みの名前。ぎょっとして俯いていた顔を上げると、アンダーシャツで涙を拭いながらこちらへ走ってくる鳴の姿が見えた。
何してんの!?心の中でそう叫んでいると、キャップを取った鳴が青道スタンドを見上げながら誰かを探している。太陽に照らされた金髪がキラキラと光って、思わず息を呑んだ。

「名前ーーー!」
「えっ、な、何」

名前を呼ばれて反射的に立ち上がると、それに気付いた鳴と目が合う。

「俺が甲子園連れてってやるから泣くなー!今日はそっちのスタンドで応援するの許してやったけど、甲子園は俺のこと応援しろよ!」
「ちょ、やめてってば!」
「お前がまだ迷ってんのは分かってるから!でも!俺を応援して正解だったって、絶対絶対納得させてやるから!」

分かったら返事しろー!
わたしに向かって相変わらず馬鹿デカい声でそう叫ぶ鳴。その奇行にグラウンドもスタンドも騒めき、何やってんだ!と原田さんに怒られながら引っ張られて行く。喧騒の中で一人涙を流すわたしは、ただひたすら黙って頷くしかできなかった。

「ちょ、ちょっと、何!?アンタ稲実のプリンスと付き合ってんの!?えーーー!?」

当然といえば当然の反応。パニックになった友達がそう叫んでしまい、わたしは一斉に注目を浴びることになる。

それからが、まぁ、大変だった。

 







「鳴があんなところで叫ぶからあの後色んな人に問い詰められて大変だったんだからね!」
「そっち側で応援すんのが悪い!」
「付き合ってるの内緒にしてんだから稲実スタンドで応援できるわけないじゃん!ていうか青道スタンドで応援していいって言ったの鳴だから!」
「そんなの建前に決まってんだろ!」

わたしたちの待ち合わせ場所は相変わらず稲実近くの公園のベンチ。決勝戦翌日、早速昨日の事件について言及するも、鳴は怯む事なく逆にお怒りでいらっしゃった。本音を言うとやっぱり稲実のスタンドで自分だけを応援して欲しかったらしい。そりゃそうだ、だってこの男は成宮鳴。ワガママで独占欲の強いこの男が、わたしが青道側につくことを素直に許すはずがなかった。

「…甲子園行けるんだよ、嬉しくない?」
「それは、嬉しいよ」
「じゃあ俺が勝ったのは嬉しくない?」
「う、嬉しい……けど、正直まだやっぱり、複雑…」

一也と鳴が引退する来年の夏まで、青道と稲実どちらを応援するかなんて選べない。今すぐ決めろと言われても、わたしには到底無理だと思った。
そんな迷いが顔に出ていたのか、鳴は面白くないと言わんばかりに頭をガシガシ掻きむしる。そして腹の底から唸りを上げた。

「あ〜〜もう面倒くさい!だったら早く稲実に編入しろよ!」
「そんな無茶な」

昨日の今日で未だ泣き腫らしたままの目を向けると呆れ顔で溜息を吐かれた。わたし、とんでもなく情けない顔をしてたんだろうな。

「なら大人しく待ってなよ」
「ん、」

急に近付いてきたかと思えばあっという間に唇を奪われていた。うっすら目を開けたままそれを大人しく受け入れていると、見つめあっている鳴の目が細まる。そのままぐっと顔を突き出すように自分の唇を強めに押し付けてくるもんだから、思わず喉の奥から声が漏れた。

「ん、んんっ!」

最後にちゅ、と音を立てて離れていく鳴はわたしの頬に手を添える。わたしだけを真っ直ぐに見つめるその瞳に魅入られていると、彼は語りかけるように囁いた。

「言ったじゃん、納得させてやるって。甲子園のスタンドで黙って見てなよ」
「…うん」
「俺のこと選んで良かったって、絶対絶対思わせてやるから」

そう言ってニッと不敵な笑みを浮かべる鳴は、あのマウンド上の王様の顔をしていた。誰よりも何よりも眩しくて、夏の青空に光り輝く太陽みたい。迷ってるわたしを導くように、こっちだよって、照らしてくれる。

「分かったら返事!」
「うん…!」

本当はね、鳴と付き合ってるのずっと内緒にしてるの辛かったから、ああやって叫んでくれてちょっとだけ嬉しかったんだよ。
なんて、悔しいから言ってやらないけど。

だって、今までもこの先も。彼には絶対敵わないと思ったから。


(20210121/fin)
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