(高3春、捏造設定)


 対外試合から帰ってきた野球部主将から「キャッチボール付き合ってくれ」と連絡が入ったのはその日の夕方のことだった。こうして彼に誘われることは決して珍しいことではない。野球と無縁だったわたしにキャッチボールの基本を教えてくれたのは他ならぬ御幸一也で、いつしかわたし専用のグラブも用意されていた。
 小論文対策で息が詰まっていた頃合いだったので「分かった」と短い返信を送り、いつもの場所へと向かうと彼の方が一足先に到着していたようだった。

「受験勉強中なのに悪りィな」
「息抜きしたかったからちょうどいいよ」

 丁度体動かしたかったしね、そう言いながらグラブを左手に装着し、キャッチボールが始まる。

「何か話があったんでしょ」
「あー…うん、まぁな」

 一也がこうしてキャッチボールを誘ってくるのは決まって何か話があったとき。報告、連絡、相談、喧嘩、仲直り。わたしの自宅近くの公園でいつのまにかボールを交えながら会話をするのが恒例になっていたが、今日はどんな内容だろう。

「今年の夏の活躍次第だけど、プロ志望出そうと思って」
「お!腹括ったんだ、スカウト沢山来てたもんねぇ」
「お前はどーすんの」
「第一志望の大学の推薦貰えそうなんでサクッと小論文書いて終わらせるつもりです」
「余裕そうでイイねぇ」
「日頃の行いと努力の賜物と言ってくれ」

 それよりも一也だね、そうと決まれば頑張らないと。そうエールを送りながらボールを返すと彼のグラブがパン!といい音を鳴らした。今の送球いい感じじゃなかった?そう思いながら次のボールを待つが、一也はグラブが収まったボールを触るだけでなかなか返球しようとしない。爪先で地面の土をいじりながら、ん〜、とか、いや〜なんて独り言を溢しながら、やけに返球を渋るその様子に、次に何を言われるのかと少し身構えた。

「どの球団行ってもついて来てくれるか?」
「ええと、それは?」
「…プロポーズ?」
「なんで疑問形」

 どこか歯切れが悪いと思っていたが、まさか今日このタイミングでそんな話をされるとは。少々驚きつつも、話の本命はそれか、だから今日ここへ誘ったのかと納得して胸元にグローブを構える。再びキャッチボールが始まり、わたしのグラブもテンポよく音を鳴らした。

「北海道の海鮮っておいしいのかな」
「降谷に聞いてみろよ」
「福岡はモツ鍋がおいしいよね」
「実は俺あんま食ったことない」
「広島の牡蠣も捨てがたい」
「ノロにあたるとこえーけど」
「関西は粉モノが楽しみ」
「オイオイ全部食いもんじゃねーか」

 食うことしか考えてねーのかよ!と笑う一也に、いやいや食は大事でしょとつっこむ。ご飯大盛り3杯を食べ続けてきた高校生活を通じて、身体作りのために食事の質や量がどれだけ重要なことかあんたが一番身に染みて分かってるはずだ。

「それならわたしも有名人にならないと」
「はぁ?なんで」
「始球式に任命されて、スタメン一也のキャッチャーミット目掛けて投げてみたい」

 そう言って強めに返球すると、わたしの答えが予想外過ぎたのか一也はわたしのボールを弾いて取り損ねた。キャプテン何やってんの!とつっこむと、真顔になっていた一也の口元がゆっくりと弧を描き、いいねぇそれ、と笑った。

「で、結局着いてきてくれんの?」
「大学卒業したらどこまででも着いていくよ。日本の端っこでも、メジャーでもね」

 その代わりアナウンサーに浮気したら倉持直伝のフルボッコだからね。本気でそう言ったのに一也はいつもの高笑いではっはっは!と空を見上げて声を上げた。

「メジャーとか話飛びすぎ」
「まぁ妄想はタダですから」

 それもそうだな、と笑う一也のボールを受けてグラブが鳴る。そのキャッチングに「イイ音」とまた笑った。

(20201118 / title:失青)


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